2022年6月30日、第2回となる藝文学研究会が開催された(研究会趣旨および第1回の内容についてはこちらをご覧ください)。今回は、田中有紀氏(東洋文化研究所准教授)が「中国の音楽と山水の哲学」と題して発表を行った。
まず、田中氏の発表に先立ち、今回のテーマである琴曲『漁樵問答』が、ゲストの高欲生氏(日本古琴振興会)により演奏された。プロの奏者による演奏という贅沢なひとときを味わったあと、本楽曲の背景や成り立ちについての紹介が田中氏によりなされた。
漁師と樵が問答する様子を描いた『漁樵問答』は数百年伝えられている古い楽曲で、楽譜の種類も多く存在する。今回は古琴のみの演奏であったが、この楽曲には実は歌詞が存在している(田中氏によれば、大きく分けて3パターンの歌詞が存在するとのことである)。しかし、歌詞があってもそれが必ずしも音節に対応しておらず、歌うことがそれほど想定されていないと考えられるものもある。
曲の解釈の手がかりとして田中氏は、邵雍(北宋時代、1011−1077)によるテクスト『漁樵問対』を参照した。儒学者・易学者(先天易学)・詩人など、多様な顔を持つ邵雍は、「観物」(「物を以て物を観る」)という独自の思想を展開した。『漁樵問答』と何らかの関わりがあると目されている『漁樵問対』にも、こうした思想が如実に反映されている。『漁樵問対』と併せて参照された邵雍の詩集『伊川撃壤集』にも、「観物」は遺憾なく発揮されている。田中氏は三浦國雄氏の「言葉という「物」を配列することによって観念の城を築き上げた」(三浦國雄「伊川撃壤集の世界」『東方學報』47、1974年、p127)という評を引きながら、世界を表現し尽くすために言葉が勝手に内側から溢れ出る、という邵雍の詩作スタイルに言及した。
ディスカッションでは、昨今の中国における古琴ブームや、儒教と音楽・楽器との関係、また、日中における『漁樵問答』の受容の相違等、さまざまな話題が議論された。『漁樵問答』という一つの作品をきっかけとして、世界そのものをどのように表現するのかという根源的な欲求・探究としての「藝」(Arts)に触れたひとときであった。
※田中氏の発表中紹介された、『漁樵問答』をテーマとした絵画も併せてご参照ください。
漁樵図屏風(堀川敬周(1789頃-1858)作、高岡市立博物館蔵、文化遺産オンライン)
漁樵問答図(富岡鉄斎(1836-1924)作、京都市京セラ美術館蔵)
報告者:崎濱紗奈(EAA特任助教)
中国語版はこちらをご覧ください。