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2024.07.19

【報告】EAA Dialogue 13 楊儒賓×石井剛

 2024710日(水)、東京大学駒場キャンパス18号館コラボレーションルーム3にて、楊儒賓氏(台湾中央研究院院士、国立清華大学哲学研究所)と石井剛氏(EAA院長)によるEAA Dialogueシリーズの第十三回ダイアローグが開催された。

 楊氏は1956年に彰化の小さな町、沙鹿北勢頭で生まれ育ち、石井氏による問いかけに対し、自身の中学時代に経験した約23年の「灰色」の人生について語った。強烈な虚無感に包まれ、存在の虚無を深く感じたこの特異な時期が、楊氏の価値観に大きな変化をもたらした。また、同時期の二人の友人の人生経験にも触れ、彼らが共に人文学や哲学を追求し、多かれ少なかれ現実に対する抵抗を持っていたことを語った。この中学時代の実存主義的探求と友人たちの影響が、楊氏の人生の基調を形成し、学問探究に深い影響を与えたのである。

 その後、楊氏は台中第一高級中等学校に進学し、その近くには徐復観氏と牟宗三氏がかつて教鞭を執っていた東海大学があった。楊氏は徐氏が言語の壁を恐れずに中国本土の経験と台湾の経験を結び付け、台湾の本土勢力と対話を試みた精神について強調し、この精神が後に楊氏自身の両岸関係の考察に影響を与えたと述べた。また、牟氏が知識を生命の学問とみなし、個人の究極の関心と人生の方向性を定める姿勢が、楊氏に大きな啓発を与えたと述べた。

楊儒賓氏

 早くから人文学と哲学に魅了されていた楊氏が哲学科ではなく台湾大学の中国文学科を選んだのは、「台湾大学哲学科事件」と関係があった。この事件は台湾史上政治が学問に干渉した重大な事件であり、当時の哲学科のイメージに影響を与え、楊氏の選択にも間接的に影響を及ぼした。具体的には、当時の台湾大学哲学科は分析哲学と論理実証主義に重点を置いており、そうした技術的な知識には温かみが欠けていると感じたため、楊氏は古典学のように経史子集の伝統的な経典と文化への関心と探究を行う中国文学科により惹かれたのだった。また、石井氏のさらなる質問を通じ、楊氏の選択が、台湾における中国哲学が哲学科と中国文学科という異なる文脈でどのように教授されているか、また中国文学科に哲学研究を行う多くの教員がいること、中央研究院中国文学哲学研究所が中国文学と哲学を並置している現象などに呼応していることが明らかになった。これにより「現代東アジアにおける哲学はどのように発展し、再構築されているか」という問いが台湾の学科設置に影響を与えた。

石井剛氏

 1985年から1986年まで韓国で教鞭をとり、民主化以前の韓国社会を経験した楊氏は、この経験に関する石井氏の質問に対し、韓国の経験と台湾の経験の類似点や比較点を認めた一方、韓国での実際の経験から両者の大きな違いを感じたという。まず、韓国の学生や教授が積極的に運動に参加したことと、与党や国民党の対応の違いである。次に、韓国の学生運動における強い反米感情が台湾の状況と極端に異なっていた点である。

 楊氏の学術思想は日本の学界から大きな影響を受けている。最初に丸山眞男氏の『日本政治思想史研究』が中国政治思想史への考察に対する啓発と衝撃を与えた。その後、島田虔次氏や溝口雄三氏による近世中国思想の研究が、楊氏に現代政治と中国文化の歴史的運命について考えさせ、複雑な近代化の可能性や様々な現代化モデルを模索させた。特に楊氏は、島田氏の現代政治への関心を強調し、その背後にある心性論や形而上学的思想が自身に与える影響、そして自身の台湾解釈や直面する「分裂」にどう結びついているかを語った。楊氏の詳しい説明を受け、石井氏は楊氏が島田氏と溝口氏の思想史を創造的に変換し、中華文明の空間構造に立体的で動的なネットワーク像を与えたと指摘した。

 独自の学術的な見解に加え、楊氏は重要な文物のコレクターでもあり、その収集の脈絡と体系を強調している。書画、文物の収集を通じて東アジアのイメージを表現し、自身のコレクションを寄贈することで「国立清華大学文物館」の設立に貢献し、東アジア近代性と近代文化の重要な交流プラットフォームとなることを期待している。

 対談の終盤に、石井氏の「1949年に対するあなたの思いは?」という質問に対し、文物の収集に関連する話題を呼応させ、楊氏は1949年前後の2000通以上の書簡をむことで得られた主流の歴史叙述とは異なる社会像に言及し、1949年から1911年の辛亥革命、さらには明清と明末の近代性の起源について考察するようになった経緯を語った。言葉の端々に、1949年がもたらした重大な文化的機会と中華文化に対するより深い構造的意義を強く肯定する楊氏の思いが感じられた。

 最後に、石井氏が楊先生の2023年に出版された著書『思考中華民國』で言及した「情境主体」と「情」の概念に関する質問をした後、鈴木将久氏(東京大学人文社会系研究科)をはじめとする他の出席研究者からも、台湾と中国大陸での『思考中華民國』の反響、情境の意識化、近代的思考の特徴、ハイデガーの思想が楊氏に与えた影響、中華民国と台湾の関係の理解など、多くのフィードバックと質問が寄せられた。

 二時間を超える対談を通じ、楊氏がどのように自身の最も切実な探求を行い、生命を学問と研究に注ぎ込み、その思想を行動で体現しているかが強く感じられた。また、批判的でありながら寛容で、他者を共感的に理解しつつも、謙虚かつ毅然とした態度で、知、文化、政治、生命という深く絡み合う難題に挑み、問いを投げかけ答えを求めるその姿勢に強い感情と温かみがあり、深い啓示を受けた。

報告:張政婷(EAA特任研究員)
写真:郭馳洋(EAA特任助教)