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2022.08.02

【報告】第3回 藝文学研究会

2022728日、第3回となる藝文学研究会が開催された。今回は、崎濱紗奈氏(EAA特任助教)と汪牧耘(EAA特任研究員)が、「誰のための『藝文』か——文学・農村・開発」と題して発表を行った。本発表の問題関心は、近年叫ばれている「人文学不要論」に対して、「無用の用」でもなく、人文学の商品化に向かう有用化でもない価値の語り方を探ることにある。それにあたって取り上げられたのは、文豪の武者小路実篤(18851976年)とその同人によって提唱された「新しき村」である。

まず、崎濱氏は「新しき村」の思想的背景を紹介した。1819世紀のアメリカの空想社会主義者の実践や、20世紀前半の中国の郷村建設運動等のように、文学者・思想家による農村開発は歴史において少なからずあった。その一例として、「新しき村」は多元的思想を吸収しながら独自に展開してきたといえる。なかでも、トルストイの労働観と、社会主義のオルタナティブへの欲求、すなわち暴力・戦争を回避するような社会変革への希求が、その底流にあった。

1918年、「新しき村」は人間らしく生きるための理想郷を築く実践として、宮崎県・木城村(当時)で始まった。世間の賛美・冷笑・批判の中、「新しき村」やその実践は今日でも続いている。汪は、この百年余りにおける「新しき村」の変容を概説した上で、それが1920年代頃の中国に与えた影響を共有した。「新しき村」は個人主義と人道主義の両立として周作人らによって高く評価され、さらに毛沢東の活動(例:「工読互助団」)にまで影響を及ぼした。他方、「新しき村」に触発された社会的実践の失敗は、結局中国革命者の科学社会主義への転向につながったという。

ディスカッションでは、昨今の文学・農村・開発の関係性の変化、開発をめぐる知識・経験の流通を形づくる内外の要因や、村落の持続可能性を保たせる構造等、多岐にわたるアイデアが飛び交った。なかでも、文化アパートメントとの比較、「新しき村」と僧伽の類似性、共同体におけるexit-voiceの連動などの問題提起は、このテーマを深めるための重要な着眼点である。「藝文」と名乗る本研究会の今日的意味を考えるにあたって、理想と現実の間にある「新しき村」の百年のあゆみは、一つの手がかりになった。

報告:汪牧耘(EAA特任研究員)