2024年もあますところあと十日となりました。東アジア藝文書院は2018年12月17日に本学がダイキン工業株式会社との間で包括的産学協創協定を締結したことを受けて設立準備が始まっていますので、そのころから数えると、もうまる6年の歳月が過ぎたことになります。その半分ぐらいの時間は新型コロナウィルス感染症の大きな影響を受けていたものの、この間に活動はそれなりに大きな成果を挙げており、国際的にもその名が知られるようになってきましたし、EAAユース出身者もそれぞれの道を歩んで活躍しています。北京大学では、このプログラムがあるから入学を決めたと豪語する学生もいると聞きます。
わたしたちは「東アジアからの新しいリベラルアーツ」を掲げていますが、ここで言う「リベラルアーツ」は、アメリカで19世紀以降に発達したカレッジ教育でも、ヨーロッパ中世のいわゆる自由七科でもなく、それらの優れた要素を存分に吸収しながらも、東アジア漢字圏から多大なる養分を得た結果、近代日本に生まれた「教養」なる概念を、現代的関心のもとでより豊かなものへと育てていこうとする企てを載せることばとして与えられています。そして、その中心にあるのは、人が人々や環境との交わりを通じて、他と共に変容しながらよりよき人へと育っていくこと、つまり、中島隆博さんの提唱するhuman co-becomingなる概念です。研究、教育、社会連携、そしてそれらを支える日々の事務作業を含むEAAの事業のあらゆる場面で、そこに携わる人たちが、人としてよりよく成長していくこともまた、そのような教養のプロセスであると言ってよいでしょう。危機の時代に入ったと叫ばれるようになって久しいですが、そうした中でわたしたちにとっての希望は、つまるところ、人の成長を祝福することにしかないだろうと思いますし、だからこそ、EAAが、そこに関わる一人一人の成長を促し、成長を悦ぶ場であってほしいと思います。
この淡い願いが天に届いたのか、オフィスを支える次世代の研究者たちの仕事が社会的な評価を頂戴する、たいへんうれしいできごとがこのところ続けてありました。ひとつは、社会連携講座「空気の価値化ビジョン」を担当している特任助教の汪牧耘さんが国際開発研究大来賞を受賞したことです。そしてもうひとつは、2021年4月から2023年3月まで特任研究員を務めた片岡真伊さん(国際日本文化研究センター准教授)がサントリー学芸賞を受賞したことです。どちらも博士論文を基にした著書に対して贈られた賞ですので、お二人ともEAAに加入する前から、すでに約束された次世代研究者として優れたお仕事をなさってきたということにほかなりません。そういう優れた方が学位取得後に働く場所としてEAAを選んでくださっていること自体、たいへんありがたいことです。
EAAは、もとより単なる研究センターではありませんし、ましていわゆるポスドク研究者のための研究機会提供の場ではありません。「東アジアからの新しいリベラルアーツ」という旗印の下で、国際的に最先端で活躍する研究者とネットワークを築きながら、北京大学との「東アジア教養学」プログラムを運営し、ダイキンを始めとする産業界のステークホルダーと協力する、複合的な学問追求の場です。したがって、ここに集う次世代研究者の皆さんは、むしろ博士課程の時までに取り組んできた研究とはまったく異なる世界の中で、もう一度、よき人として成長する過程にわが身をさらさなければなりません。長い目で見れば、この経験がまだ始まったばかりの学者としての人生をより豊かで有意義なものにしてくれるはずです。
EAAでの経験が、明日を担う研究者の皆さんにとって、貴重な変化と成長のきっかけとなることを願うばかりです。
石井剛(EAA院長/総合文化研究科)