わたしたち東アジア藝文書院のスタッフはだいたい月1回のペースで、本郷オフィスと駒場オフィスの全員が集まってミーティングを行っています。夏休みをはさんでこの秋最初のミーティングでは、これまで出産・育児休暇を取っていた本郷オフィス特任助教の崎濱紗奈さんが職場に復帰して、元気な顔を見せてくれました。ふだん駒場にいるわたしを驚かせたのは、崎濱さんがまだ7ヶ月というお子さんを連れてミーティング会場に現れたことです。
これにはスタッフの皆さん全員が大喜びでした。もう十年近く前のことになりますが、ハーヴァード・イェンチン研究所に滞在中、ある同僚からこんなことを聞いたことがあります(たぶんイギリスでの物語を聞かせてもらったと記憶しています)。
大学院の演習の授業にある日赤ちゃんを連れた学生さんが出席していました。たぶん何かやむを得ぬ事情があって託児所を利用できなくなったのだと思います。ところが赤ちゃんは大きな声で泣き出してしまい、学生たちがざわめき始めたのだそうです。すると、先生は、次のようなことを言ったのだそうです。昔のことなので正確には思い出せず、大意だけお示しします。「教室で行われる研究は厳かに集中して行われるべきである。だから、赤ん坊の泣き声で集中力を欠いてしまうようでは、とても研究などはできない。」
つまり、赤ん坊の泣き声を制するのではなく、泣き声にいらつき始めた学生さんをこう言ってきつくたしなめたわけです。この先生はご自身も4度の出産経験があり、そのすべてで、例外なく、教室で授乳しながら授業をなさっていたのだそうです。しっかりした託児施設とか、家族の十分な協力があればこうはならなかっただろうというご意見もあるでしょう。職場での授乳に至っては、ご本人もきっとものすごくたいへんなことであるにちがいないと、男のわたしでも想像がつきます。しかし、学問が生活から全く隔絶した場所で行われてしまってよいのでしょうか。わたしたちは、時に混乱しがちな生活を、それでも眼前からしりぞけてしまうのではなく、むしろ学問とは生活と共に営まれるべきものであるのだと学んでいくべきではないでしょうか。
ましてや、子どもはわたしたち共通の希望でもあります。元気に泣く赤ちゃんの声をいっしょに悦ぶことが、わたしたちの未来をより明るいものにすることは言うまでもありません。
わたしはひそかに、EAAにはいつか託児コーナーが併設されるべきだと思っています。そして、そこではユース生の皆さんを含む、EAAコミュニティの全員が出入りして子どもたちといっしょに過ごすのがいいと思っています。遠い夢のような話ですが、崎濱さんがその第一歩を実際にやって示してくださったこと、そして本郷オフィスではもうその試みが当たり前のように始まっていること、これらをわたしはとてもうれしく感じています。
秋のスタートはこうしてとても清々しいものになりました。
石井剛(EAA院長/総合文化研究科)