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2024.07.17

悦びの記#27(2024年7月13日)

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昨日は今学期授業の最終日でした。わたしたちの学術フロンティア講義/高度教養特殊講義(東アジア教養学)「30年後の世界へ——ポスト2050を希望に変える」も無事に終了してわたしも胸をなで下ろしました。ここ数年はわたしが最終回にまとめの授業をすることになっているのですが、今学期は大がかりなイベント・ウィークと重なってしまったために、わたし自身これまで経験したことのないような緊張した日々を過ごすことになり、始まる前にはいったい無事に乗り切れるだろうかと心配が募っていました。

大がかりなイベント・ウィークというのは、中国社会文化学会の主催(EAAは共催)によって77日に開催されたシンポジウム「惑星時代の中国学」に併せて、スロベニア、台湾、マレーシア、中国、アメリカからお招きした方々と前後に複数のセッションを設けたことです。それぞれの当日の模様については別に報告がアップされますのでそちらに譲ります。結果的には、同僚の教員・研究者の皆さん、オフィス・スタッフの皆さんをはじめ、来訪者の付き添いや通訳、イベントの運営補助など随所で活躍してくださった院生の皆さん、さらにはそれぞれのイベントに参加してくださった聴衆の皆さんなど、多くの方々の協力のおかげですべてがうまくいきました。その中にはかつてEAAで学び、いまは卒業して別の道へ進もうとしている人たちや(さらには北京大学のEAAを卒業していまは海外の大学で学んでいる人まで!)、通訳なしで英語や中国語のみで行われたイベントであるにもかかわらず駆けつけてくれた学部1年生、2年生など、若くて元気な人たちの姿が随所に見られました。そしてそれは何よりもうれしいことでした。

東アジア藝文書院はその設立以来、国際的な研究のネットワークを広げることをそのミッションの中心に置いています。わたしたちは、研究・教育・社会連携を活動の三本柱に掲げていますが、活動の根拠を与えるのはわたしたち自身の研究以外になく、わたしたちは、世界の最先端の知とつねに協働しながら、わたしたち自身の智慧を磨かなければなりません。北京大学との協力関係は、そうした国際研究ネットワークを東アジア発の新しいリベラルアーツを具体的に示していくためのプラットフォームになっています。

学術フロンティア講義の「ポスト2050」しかり、中国社会文化学会シンポジウムの「惑星時代」しかり、わたしがEAAを舞台にして提出する概念はこのところ大きくなるばかりです。このようなことを考えなければならないと思うようになったのは、EAAが社会連携によって成り立っているからにほかなりません。ダイキン東大産学協創協定の中で活動資金を得ているわたしたちは、この協創事業がビジョンに掲げる「空気の価値化」を真剣に取り組むべき課題であると考えています。この問題を考えることは、大学における学問の役割を根底から見直すことにつながります。まずは、大学の学問がよりよき社会の構築に向けた変革のポテンシャルを蓄えるものでなければならないこと、そしてそのためには、与えられた課題に対するソリューションの提供にとどまることのない智慧の涵養を自らの社会的役割として引き受けることが必要です。しかし、かかる智慧の涵養は大学が象牙の塔を自任して内向的に自足している限り、決して果たすことができません。社会各領域のさまざまなステークホルダーと対話を繰り返しつつ、しかも目前に広がるわかりやすい課題に振り回されることのない自治の空間を保たなければなりません。その上で、大学とそこに集う学者たちは、世界に散らばる他の数多くの大学や研究機関、そしてそこに集う学者たちとの友情を通じて、それぞれの場において智慧を育てながら発揮して、人類のよりよき生を目指さなければなりません。

大学が学生を育てる目的はさまざまでしょう。しかしその根本には、とりわけ、世界のトップ大学であろうとする大学には、そこで学ぶ学生たちに、よりよき生が他でもない学問の中からひらかれていくことへの希望を実感してもらう必要があります。そのためにも、大学が国際的な研究ネットワークはもちろんのこと、広く社会の各領域とつながっていることが絶対に必要です。

世界はいま危機の時代に入っていると言われます。国際的な政治情勢や経済社会環境は、大学の内外にまでさまざまな影響を及ぼしつつあります。しかし、解決を急がなければならない課題が目白押しの中で、大学が果たすべき役割をつきつめて考えるならば、人類の善なる希望をつなぎ止めておくこと以外にないとわたしは思います。なお、わたし自身は、そうした希望をつなぎ止めておくための場のあり方を「根源的な中立性」ということばで表現しています。

この嵐のようなイベント・ウィークは、「遠方より来たる朋」たちと希望のありかを共に探る時間となりました。その最後に「30年後の世界へ——ポスト2050を希望に変える」で講演できたのは、わたしにとってたいへんうれしいことでした。それは決してまとめの授業ではなく、聞く人たちに無数のクエスチョンマークを抱かせるものだったかも知れません。しかし、それでよいのです。問いを投げ返すことにこそ未来への希望は託されているのですから(SDGsとしてのリベラルアーツです)。

大学の中から外へ、世界へ、次世代へ、わたしたちは問いを投げ続けていきたいと思います。

 

石井剛(EAA院長/総合文化研究科)