ブログ
2023.08.21

悦びの記#14(2023年8月14日)

People
Category

復興する人間の学問を

 

   Slow disasterということばをこのたび初めて知りました。Scott Gabriel Knowlesという研究者が提唱している概念ですが、彼はKAIST(韓国科学技術院)で研究しており、今回は関西学院大学災害復興制度研究所で所長を務める山泰幸さんの企画により、その研究グループと釜山大学で交流することができました。訪問の主な目的は、2011年の福島第一原発事故被災地における復興の現状を共有しつつ、釜山から20キロの所にある古里原発周辺地域を視察することでした。721日と22日に行われた活動の詳細については別の報告にお任せすることにして、ここではわたしが学んだことについてふりかえって見たいと思います。

 そもそもこの企画がEAAとの共催というかたちで実現したのは張政遠さんが山さんと親密な交流を続けてきた賜物なのですが、ほかにも農学部の溝口勝さんとアイソトープ総合研究センターの秋光信佳さんが参加し、たいへん実りの大きなイベントとなりました。このお二人は駒場でも「福島復興知学講義」という授業を数年にわたって開講しており、その成果が『福島復興知学講義』(東京大学出版会)として2021年に出版されています。

 復興というと、わたしたちは甚大な災害(自然災害や戦争など)の後に故郷を再建するプロセスのことをイメージしますが、溝口さんはresilienceという英語の翻訳としてこの語を理解しています。そしてその場合のレジリエンスとは「困難の後に再び幸せになり、成功する力」を意味するのだと言います。また、阪神大震災での被災をきっかけとして設立された災害復興制度研究所では、「人間の復興」が掲げられており、山さんは災害復興を成功裏に進めるためには災害が発生する前からその地域が互助的なネットワークを活かした人と人の関係を豊かに育んでいることが必要であると言います。徳島での哲学カフェの試みもそうした思想のもとで続けられているのだと知ることができました(EAAでは「民俗学×哲学」研究会として過去12回参加しています)。

 さて、こうしてみると、復興ということばが、実は人間の豊かな生のあり方そのものを指しているのではないかという気がしてきました。人新世と呼ばれる時代の中でわたしたち人間は自らの手でわたしたちの生存のみならず、自然界全体の豊かさをも深刻な危機に陥れています。しかし、「人格的なるもののみが人格的なるものを癒しうる」とシェリングが言うように、わたしたちは徹底的に人間であることによってでしか、他でもない人間の力によって危機に陥ったこの世界を癒やすことができないだろうとわたしは思います。もちろんそのためには、人間とは何かについて、これまでとは異なった方向から考えなおす必要があるでしょう。そしてわたしは人間がより人間らしく生きていくとは、つまるところ、さまざまな傷や困難を経ながら絶えず復興していくことそのものなのではないかと思います。このことについて、わたしたち東アジア藝文書院ではこれまでずっと思考し、議論してきたはずです。災害的な現実は、個人の生から広く世界全体に至るまで、さまざまなレベルで存在していますし、今後その傾向は残念ながら拡大していきそうな気配です。そういう現実の中で、わたしたちは悦びをもって繰り返し復興していくことが益々重要になってくるにちがいありません。

 復興する人間の学問に取り組むこと、これはこれまでわたしたちがEAAで目指して来たことですし、そのことが明確に確認されたという意味で、たいへん有意義な二日間となりました。山さん、溝口さん、秋光さん、そして釜山で出会った多くの方々に深く感謝します。

   サムネイルに使ったのは、古里原発からすぐそばの静かな漁村の風景です。

石井剛(EAA院長/総合文化研究科)