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2024.11.18

【報告】藝文学研究会シンポジウム「文人と芸術」

2024年1030日、東京大学東アジア藝文書院主催の藝文学研究会シンポジウム「文人と芸術」が、東洋文化研究所の大会議室にて開催された。本シンポジウムには、東洋文化研究所所属の研究者三名に加え、中国から琴や文人画など東アジアの文人文化に造詣の深い研究者三名が参加し、文人と芸術に関する多角的な議論が行われた。司会は柳幹康氏(EAA/東洋文化研究所)が務め、発表は日本語と中国語の両言語で行われた。中国からの研究者の発表には、孫愛琪氏(成城大学非常勤講師)と胡智敏氏(東京大学人文社会系研究科博士課程)が通訳を担当した。当日はEAAに多大なご支援をくださっている潮田洋一郎氏(EAA名誉フェロー)およびそのご友人の佃一輝氏にもご来場いただき、参加者の総数は40名にのぼった。

 

 

まず、中島隆博氏(東洋文化研究所所長)による開会の辞が述べられた後、発表が始まった。

 

 

田中有紀氏(EAA/東洋文化研究所)は「嵇康古琴理論中的自然与人(嵆康の琴論にみえる自然と人間)」と題して発表し、嵇康が古琴を通じて人間と自然の調和をどのように捉えたかを探究した。田中氏は、嵇康が琴の音によって人の内なる感情や徳性を引き出し、「中和」という調和の理念を強調したことを述べた。嵇康によれば、琴の音がもたらす調和は人の内面の感情を解放し、琴を媒介として天地と一体化することで、自然と人が融合できるとされている。このように琴が自然の秩序と調和しつつ、感情を表現する手段としても働くことが重要な役割であると田中氏は解釈した。

 

 

続いて曹家斉氏(中山大学)は、「中国古代逸民琴曲之特徵及其演変(中国古代逸民の琴曲の特徵とその変遷)」と題して発表した。曹氏は、中国の歴史における逸民の役割とその影響について整理し、逸民文化が文学、絵画、音楽において重要な表現を成してきたことを明らかにした。逸民として生きる人々がどのように文化的、社会的に尊ばれ、影響を与えてきたかを述べるとともに、初期の逸民の琴曲の特色と、宋元以降の逸民琴曲の変遷について具体的な事例を挙げて解説した。

 

 

塚本麿充氏(東洋文化研究所)は、「禅宗絵画伝統下的八大山人(禅宗絵画伝統のなかの八大山人)」をテーマに、明の滅亡頃に活躍した画家八大山人を取り上げた。塚本氏は、八大山人が禅画の伝統を受け継ぎながら独自の「禅」のイメージを構築した点に注目し、「遺民」としての立場や中国文化との関連性を指摘した。また、彼の作品が単なる個性の発露ではなく、禅画の伝統的図像の影響が背景にあることを複数の作例を通じて考察し、作品と鑑賞者の相互作用から意味が生まれることを示した。

 

 

朱天曙氏(北京語言大学)は、「文人画精神的追尋:斉白石是如何師法石濤的?(文人画の精神と追求:斉白石はいかに石濤に学んだのか)」を発表し、近代中国の文人画家である斉白石が石濤の画風をどう受け継いだかを考察した。朱氏は、斉白石が石濤の影響を受けながら独自の芸術的視点を構築していった経緯を、彼の日記や詩文を基に説明した。斉白石の創作観の特徴とその根底にある思想を明らかにするとともに、彼が石濤の精神性を継承し、文人画に新たな価値を見出した点を指摘した。

 

 

石井剛氏(EAA/総合文化研究科)は「何処是山水?:亜洲跨区文物流動与情趣互動(山水はどこか:文物のアジアにおける地域横断的流動と情趣連鎖について)」において、東アジアにおける感性の共有を議論した。石井氏は、文学や芸術が友情や感情を媒介し、東アジア全域で「文の場」を形成してきた過程について述べ、陶淵明や八大山人の思想が東アジアの美的教育にどう影響を与えているかを考察した。石井氏は、文学や芸術の「情趣」を通じて東アジアにおける感性の共同体(The Aesthetic Community in East Asia)が形成され、新たな文化的・精神的ネットワークが生まれていると結論付けた。

 

 

渠敬東氏(北京大学)は、「郭熙的人文世界(郭熙の人文世界)」と題し、山水画の巨匠・郭熙が捉えた自然と人間の関係を解説した。郭熙の「林泉高致」に記された「三遠法」について詳述し、その方法を通して山水画の深い精神性が表現されていると指摘した。渠氏は、郭熙の画風が描き出す「廟堂と林泉」の調和が、文人の理想とする精神的豊かさを描いており、自然と人間が一体となる感覚をもたらしていると論じた。

 

 

全体討論では、潮田洋一郎氏からのコメントを皮切りに、文人文化の現代的意義やその再解釈の可能性について幅広い議論が展開された。潮田氏は、シンポジウム全体の内容を踏まえ、文人文化が持つ普遍的な価値や、現代社会におけるその意義について重要な視点を提示した。また、発表内容に関連して多くの問いかけが行われ、発表者たちがそれぞれの研究に基づいて応答した。

 

今回のシンポジウムは、日中の学者が一堂に会し、東アジア文人文化における芸術の役割やその深遠な意義について考察する貴重な機会となった。発表では、古琴や文人画を中心に、自然と人間の調和、感性の連鎖、文人の精神と芸術の価値について再考が行われ、東アジアにおける共通の美的精神が浮かび上がった。さらに、田中氏が自らの古琴を会場に持ち込み、それを鑑賞するだけでも、会場には格調高い文雅な雰囲気が漂った。休憩時間には、田中氏と曹氏がそれぞれ琴曲を奏で、参加者たちはその美しい音色に酔いしれた。また、朱氏は自らの手による作品『渇筆山水巻』(歓喜篆書引首、尺寸18cm×360cm、紙本水墨)をご持参くださっただけでなく、東洋文化研究所にご寄贈くださった。このように、実演を交えた報告と交流により、東アジアにおける新たな感性共同体の可能性と、文人文化の持つ多様な魅力が改めて感じられるひとときとなった。

 

 

報告者:伊丹(EAA特任研究員)