2022年12月15日、駒場キャンパス18号館ホールにてダリン・テネフ氏(ブルガリア・ソフィア大学)による講演会「Phantasmata、あるいは物質の即興」が対面とZoomのハイブリッド形式で開催された。コメンテーターは星野太氏(総合文化研究科)、郷原佳以氏(総合文化研究科)、國分功一郎氏(総合文化研究科)の3名が務め、司会は髙山花子氏(EAA特任助教)が担当した。
テネフ氏の講演会は「世界が廃墟となっている」という印象深い言葉から始まった。この言葉は、議論の主な題材となった短編小説『海の指』(飛浩隆)の世界観に関連する一方で、近代以降の我々が生きている世界にも通用するという。しかし、このような経験を把握するのが容易なことではない。そこでテネフ氏が注目するのは、ファンタズム、あるいは「幻想」というものである。フランス現代思想の理論を頼りに、『海の指』をあえて「幻想」についての作品として読み込むことで、「幻想」と「物質」の関係性を根本的に捉え直す。そうすれば、超越論と経験論の単純な二項対立を変えてゆくような、ある種の新しい経験論を提示できるのではないか。テネフ氏の問題意識がそこにあったという。そしてつまるところ、「幻想」が物質的であり、また「物質」が幻想的である、という両者の再定義と、それによって可能となるラディカルな経験論(radical empiricism)への道を開いてくれる結論に氏はたどり着く。「聴覚」を重視する『海の指』の言葉に因んでいえば、「幻想」と「物質」の「共奏」からこそ生まれる経験のことだといえるかもしれない。
一方で、郷原氏も指摘してくれたように、この物語は決して世界(の破滅)についての生産物語ではない。むしろ、「物質」の爆発的な力と、それが「幻想」を通じて私たちにもたらす変化についての物語だというべきである。また星野氏は、「ポスト3・11文学」との関係性について述べたが、ここに「災害文学」という広い文脈を導入すれば、例えば「ポストコロナ文学」を検討する上でも大事なヒントが多く得られるだろう。他にも、主体の形成の問題や、「幻想」と「想像力」(phantasmaとphantasia)の相互関係など、興味深い論点がたくさん挙げられた。議論が最後まで尽きず、2時間半があっという間に過ぎた。
思えば、テネフ氏と駒場とのゆかりは十数年前までさかのぼる。十数年の間は世界が何度も廃墟になってしまい、また何度も再生しているのかもしれない。しかし今回の講演会は、それを全て乗り越えてきた温かい友情に支えられたといえる。そう考えて逞しさを覚えるのはきっと報告者だけではないだろう。ブルガリアと駒場の長く続くご縁がこのような形でEAAにおいて再び花を咲かせたのは実に嬉しいものである。
報告:ニコロヴァ・ヴィクトリヤ(EAAリサーチ・アシスタント)
写真撮影:中田崚太郎(総合文化研究科修士課程)