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2023.10.16

【報告】「大学と教養」シンポジウム

    2023年10月2日(月)の午後、シンポジウム「大学と教養」が東京大学駒場キャンパス101号館EAAセミナー室で開催された。今回は4名が発表し、中国語で行われた。張政遠氏(東京大学)が司会を務め、中島隆博氏(東京大学、EAA学術顧問)が開会あいさつをおこなった。シンポジウムの趣旨は激変する時代において大学のリベラルアーツ教育がどうあるべきかについてである。以下にシンポジウムの概要を記録していきたい。
   冒頭の開会あいさつでは、中島氏により、3年ぶりに北京大学の元培学院とEAAが対面で本シンポジウムを開催できたことの喜びが述べられた。新型コロナウイルスの感染拡大は大学教育に大きな影響をもたらした。そうしたなか、今日の大学教育の問題点と課題をしっかりと認識したうえで、東アジア教養学の可能性をどのように発掘して、いかしていくかが非常に重要だと、中島氏は指摘した。

  1人目の発表者は李猛氏(北京大学、元培学院院長)である。李氏は、中国の大学改革によってもたらされた問題点を指摘しつつ、北京大学、特に元培学院が目指しているリベラルアーツ(「博雅教育」)の理念について述べた。李氏によれば、中国では、大学改革によって多くの大学が研究型大学、すなわち学術研究と研究者養成を主たる目的とする大学を目指した結果、研究においては著しい成果をあげている一方で、教育においては大学が果たす役割が弱まりつつあった。教員と学生との関係は疎遠になってしまい、教育の成果はさほどすぐれていないのが現状である。それに学生同士の競争が日々激化していき、学生同士のつながりがますます薄くなってしまっていることが懸念される。そこで、元培学院はリベラルアーツ教育を実施することで、学生同士の絆を強化して学生生活に潤いを与え、有意義なものにするよう取り組んでいると、李氏は述べている。

    2人目の発表者は石井剛氏(東京大学・EAA院長)である。石井氏によって東京大学のリベラルアーツ教育の歴史と現状が報告された。石井氏は、東京大学教養学部を例として「教養」という言葉の意味合いの歴史的変遷を振り返り、日本におけるリベラルアーツ教育の伝統と反省について述べた。その後、石井は、日中両国における大学の社会的環境や社会的役割の相違点について述べたうえで、現代社会の苦境の中で「人はどう生きるべきか」という問いに応えるためには、現代の状況に応じて古来の「教養」の伝統をどのように復活させるかが喫緊の課題と指摘した。

         

 3人目の発表者は李泊橋(北京大学、元培学院副院長)である。李氏は五つの側面から元培学院の学部生教育、とりわけリベラルアーツ教育の現況と特徴について紹介した。李氏によれば、元培学院は五育(徳育、知育、体育、美育、労育)という教育理念のもとで、公共空間を教育空間に改造してさまざまな部活やサークル活動を行うことで学生の自己成長を促しながら全人教育を実践している。それによって、元培学院の学生は充実した大学生活を送ることができるだけでなく、21世紀に適応したリーダーシップ能力とチーム精神を身につけることができる。

 4人目の発表者は柳幹康氏(東京大学)である。柳氏はもともと東京大学教養学部理科二類の学生であったが、前期課程での学習を通して仏教学の魅力を感じて後期課程で中国仏教思想を専攻として選んで文学部に進学した。まず、柳氏は自身の経験を交ぜながら教養学部の学生がどのように四年間の大学生活を送るのかについて紹介した。その後、柳氏は、大慧宗果 (1088-1163)の教育実践を事例にしつつ、仏教学研究者の立場から東アジア教養学のあるべき姿について述べた。「利他」と「利己」などの仏教思想は、自己本位的な考え方を相対化することができ、「精巧な利己主義者」(精致的利己主義者)を輩出してしまうエリート教育にとってよい参考になるのではないかと、柳氏は強調した。

 
 最後の総合討論では、東アジア教養学の現状と問題点について活発なディスカッションが交わされた。なかでも、大学の道徳教育と価値中立化の問題が話題となり、さまざまな議論が行われた。そうした議論を通じて、今の時代においてなぜ東アジア教養学が必要なのか、そしてどのような東アジア教養学が求められているのかといった問題がさらに浮き彫となってきた。よって、本シンポジウムは今後の東アジア教養学の基本的役割を考えるうえで重要な契機となったと言える。

報告:陳希(EAA特任研究員)
写真:髙山花子(EAA特任助教)