2022年10月27日(木)15:00より、第3回「部屋と空間プロジェクト」 研究会が行われた。今回はジェームズ・サーギル氏(東京大学グローバルコミュニケーション研究センター)が “Spatiality and the Urban Experience: Revisiting Jinnai Hidenobu’s Tokyo: A Spatial Anthropology” として報告を行った。
前回の研究会に引き続き、東京という都市について取り上げ、私たちがどのように空間に愛着を持ち、その空間を快適な場所に変えていくかについて考察を行った。東京は、ヨーロッパと比べ、特殊な都市形成の歴史を持つ。都市としての東京を分析することで、私たちが共有空間をどのように活用してきたかについても理解できるだろう。
陣内秀信の『東京の空間人類学』(筑摩書房、1985)は、都市の建築学や地理学を研究する者にとっての必読書である。著者は、東京という都市は、江戸という過去を常に参照しながら議論されるべきであると主張する。山手には、江戸時代の大名屋敷の空間構造が現在に至るまで残っており、また下町は水の都としての江戸の文脈を継承したという。
サーギル氏はまず、本報告は、空間・場所・アーバニズムというテーマに取り組む現代の研究者が『東京の空間人類学』を「再」訪問することを目的とすると述べた。サーギル氏は、陣内氏の江戸‐東京研究の際立った特徴は、全く新しい、混合法的アプローチであるという。本書は、都市空間の分析のために複雑な理論的枠組みを提供するというよりは、具体的な歴史的・文化的データ、地図、およびオートエスノグラフィーを使用して、1980年代の東京でまだ追跡できる、知覚可能な江戸の系譜を示すものである。
サーギル氏にとって、本書を読むにあたり、二重の翻訳があったという。ますは、原著から英語版 (Tokyo: A Spatial Anthropology, Univ of California Pr, 1995) への翻訳である。さらに、歴史学者ではなく地理学者として、陣内氏の「空間」という概念を、自らの分野の言語と文法とに翻訳する必要があった。陣内氏の「空間」は文脈に応じてその意味を変化させる。彼は多くの場合、都市の配置と美学の観点から「空間」を論じるが、感情や質(「神聖な空間」など)を示すこともある。Audrey Kobayashiは、「空間は地理学の分野で最も重要な概念の1つである。それはまた、定義するのが最も難しく、おそらく最も意見がわかれるものである」、「空間性は存在の条件であり、物ではない。空間をそれにまとわりついた文脈から分離することはもはや不可能であり、空間性を特定の存在様式または歴史的瞬間、特定の場所、風景、または設定として分離することも不可能である。むしろ、地理学者はますます空間性を弁証法的プロセスとして…認識し理解している」(Douglas Richardson; Noel Castree et al., The international encyclopedia of geography: people, the earth, environment, and technology, John Wiley & Sons, Ltd., 2017) (cf. kūkan). そのため、無限の組み合わせで存在する、社会的空間と物理的空間の融合としての空間性は、おそらく、江戸‐東京を形成する、歴史的、社会的、文化的、想像的な空間が様々に相互に浸透する地層を理解するために、非常に有益な用語であるといえる。そしてサーギル氏は、陣内氏のアプローチは、東京が個々の場所としての空間以上のものであることを明らかにし、むしろ絶えず展開する空間の塊、空間性として都市を提示したと評価した。
質疑応答の時間では、本書が1980年代に刊行された背景についての質問があった。これに対しサーギル氏は二つの理由、すなわち過去を消し去ろうとする、東京の大きな変化への直接的反応、そして文学や建築など様々な分野に見られる原点へ戻ろうとする態度があるのではないかと回答した。また、著者は「歩く」という方法を特に重視したのはなぜかという質問に対し、本書の特徴は確かに「歩く」という方法をとったことにあるが、歴史的あるいは地理学的な方法も同時に併用しうまくバランスがとられていると回答した。そのほかに、都市の衰退に対しどのような方法がとれるのかについても様々な見解が提出された。
田中有紀 (東洋文化研究所)