12月12日(土)にオンラインで開催された「説話文学会2020年度12月例会」のシンポジウム「ベトナムの漢文説話を読む――『嶺南摭怪列伝』を中心に」において、EAA特任研究員の宇野瑞木が研究発表を行いました。以下、そのシンポジウムの概要と宇野の発表について紹介いたします。
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1962年に設立された「説話文学会」のシンポジウムのメインテーマとして、ベトナムの説話が掲げられたのは、今回が初めてのことである。この開催の経緯と趣旨について、本シンポジウムの企画者である小峯和明氏(立教大学名誉教授)は、以下のように述べられた。
近年、人文社会科学の分野において東アジア研究が活発化する中、ベトナムが東アジア研究のフィールドの視野に入ってきた。ベトナムは地域的な東南アジアに属するが、歴史的には特に北部を中心に中国との関わりが深く、「越南」「安南」と呼ばれ、いわゆる〈漢字・漢文文化圏〉の南限に相当する。さらに、仏教の北伝と南伝の交差する地域であり、また儒教や道教も深く浸透しており、中国の漢文文化の圧倒的な影響下にあった。その意味で、まさに「中国化と脱中国化」の相克を見せてきた歴史がある。以上を受け、小峯氏は、文学研究においても、ベトナム古典を「東アジア」の〈漢字・漢文文化圏〉の一環とみなすことにより、従来の中国、日本、韓国を中心とした地域のみならず、ベトナムも含む説話研究が可能となること、そしてそうした視点が今後必須となることを呼びかけた。そして、本シンポジウムは、7年前に小峯氏及び川口健一氏(東京外語大学名誉教授)を中心として始まった「ベトナム漢文を読む会」において、ベトナムの神話伝説を集めた『嶺南摭怪列伝』を読んできた経緯から、そのメンバーによる研究発表会を行うという意図のもとに企画されたものである。
さて、本シンポジウムは、司会の河野貴美子氏(早稲田大学教授)の進行のもと、基調講演と研究発表「『嶺南摭怪列伝』を読む」の2部立てで行われた。
まず基調講演では、「『嶺南摭怪』から見たベトナムの信仰と宗教」と題し大西和彦氏(アジア国際交流奨学財団日本語研究員)が、『嶺南摭怪』が15世紀までのベトナムのアニミズムや外来の信仰・宗教文化受容の様態を知る上で欠かせない書であることを、現地での豊富な経験と多くの資料を踏まえた上で示した。
続く研究発表の部では、小峯氏による上記の趣旨説明があった上で、ベトナム文学及び漢文説話を専門とする以下の3名による充実した発表がなされた。
- 川口健一氏(東京外国語大学名誉教授)「『嶺南摭怪列伝』各種写本をめぐって」
- 佐野愛子氏(進和外語アカデミー非常勤講師)「「越井伝」―裴鉶『伝奇』「崔煒」と比較して」
- 金英順氏(立教大学兼任講師)「「金亀伝」にみる王女の愛と反逆をめぐって」
3名の発表の後、報告者の宇野が「『嶺南摭怪』と洞天思想――北ベトナムの山岳信仰の変遷」と題して、以下の構成で発表を行った
『嶺南摭怪列伝』は、古代の北部ベトナムの民間に流伝した帝王将相・英雄・山川精霊の神々に関する神話伝説を集めた書である。その話の原型は李朝期(1009~1225)から陳朝期(1225~1400)にかけて出現したと考えられ、15世紀末以降、修訂増補が繰り返された。ベトナムでは、ドンソン文化(前1000~後2、3世紀頃)から東南アジア的な山岳優位の信仰基盤があったとされ、『嶺南摭怪列伝』にも、山の精が水の精に勝利する「傘円山伝」をはじめ、山に関わる説話が多く収められている。
本発表では『嶺南摭怪列伝』の山地に関わる語りに着目し、特にハノイの約50キロ西に位置し、紅河デルタの西氾濫原に接する「傘円山」の信仰を中心に、山の洞穴を降りていく「越井伝」や山中の洞穴で尸解を遂げる「徐道行」なども含めて検討し、中華世界の支配を経て唐の滅亡と共に北部ベトナムが「独立」をしていく10世紀から、説話がまとめられていく14、5世紀にかけて、具体的な山地に対する語りが、いかに変遷・変容していったか、という点について検討した。その上で、ベトナムの山岳信仰と中国由来の風水や道教とりわけ洞天思想との関係についても考察を行った。
質疑では、髙津茂氏(東洋大学アジア文化研究所客員研究員)から北ベトナムの山岳信仰に関して論じるにあたって、歴史学や考古学の成果の活用とともに、実地的な態度も重要であることが指摘された。またグエン・ティ・オワイン氏 (タンロン大学・タンロン認識教育研究所副所長)からも書誌的な問題が提起されると共に、今後このような日越の研究交流・共同研究がますます進められるべきであることが告げられた。
最後に、説話文学会長の佐伯真一氏(青山学院大学教授)より、ベトナム漢文説話の世界を知ることが、日本の説話世界のより深い理解をも促すことが確認されたとして、ベトナムを含む東アジアの視座をもつ意義が共有された形で閉会となった。
この度のシンポジウム開催にあたっては、新型コロナウィルスの感染拡大という不測の事態の中で、通常とは異なる方法を採らざるを得ず、試行錯誤の繰り返しであったと拝察する。そうした中、事前の万全な準備によって、無事盛会に終えられたことに感謝申し上げたい。結果、オンライン開催となったがベトナムの専門家からの貴重なコメントも寄せられ、より意義深い会となったと感じた。
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今回、このような説話文学会の画期となる記念すべき場で、「ベトナム漢文を読む会」のメンバーの一人として発表する機会を得られたことは、大変光栄なことであった。また、この発表の準備中から感じていたことであるが、書物をもとにした考察だけではなく、実際に現地で山地や洞窟などに足を運ばねばわからないことが多いだろうということを改めて痛感した。そして、そのためにはベトナムの専門家の方々との共同研究が欠かせないということも強く感じた。COVID-19 が収まったら、是非、またベトナムを訪れたい。
報告:宇野瑞木(EAA特任研究員)
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