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2021.11.29

【報告】「日本におけるスピノザ受容をめぐるワークショップ(2)」

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「日本におけるスピノザ受容をめぐるワークショップ(2)」が、スピノザ協会・東アジア藝文書院の共催により、1120日オンラインにて開催された。スピノザ協会では、国際的なスピノザ研究の連携に基づき、日本でどのようにスピノザが受容されてきたかを総括する連続ワークショップを行っている。二回目となる今回は、西田幾多郎と田辺元という日本を代表する哲学者によるスピノザ解釈を取り上げることになり、スピノザ研究を超えて拡がる内容となるため、東アジア藝文書院との共催企画として開催された。

一人目の発表者として、田辺の専門的研究で知られる竹花洋佑氏(福岡大学)をお招きし、二人目の発表者として、わたし(朝倉)が西田をめぐって発表を行った。

 

 

「田辺元のスピノザ理解――「限りの神」(Deus quatenus)をめぐって」と題された竹花氏による発表は、田辺の論文「個体的本質の弁証論」(1932年)および『マラルメ覚書』(1961年)に見られるスピノザ解釈が、田辺自身の哲学的変遷の中に占める位置に光を当てている。上記二つの論考のあいだで田辺自身の哲学は大きく変化しているとはいえ、スピノザ理解に限って言えばほぼ前者の段階で固まっていると考えられることにより、その背景をなす1930年前後の田辺哲学の概略を示すことから発表は始まった。

日本哲学史上の出来事として、田辺による西田批判は比較的よく知られている。だが、1930年代の田辺が、自らの批判を撤回するかたちで西田哲学へ再接近し、その上で今後は以前より激しさを増して西田批判を再開していくことをめぐっては、広く理解されているとは言い難い。身を以て弁証法的に自らの思想を展開していったこの時期の田辺に特徴的に見られる「身体性の弁証法」に竹花氏は着目し、身体性を介した「様々な共同性の層」の考究がやがて「種の論理」へと展開していく推移を、整理して示した。

この時期(1930年前後)の田辺哲学における身体性への着目こそが、竹花氏によれば、スピノザ理解と深く繋がっている。論文「個体的本質の弁証論」での主張は、「限りの神」という(スピノザ解釈史において術語化された)表現があくまでも「弁証法的にのみ理解せられる」というものであるが、この論述の背景をなしているのが「身体性」をめぐる田辺自身の考察なのである。竹花氏はこの点を分析するとともに、田辺の影響のもとに石沢要の『スピノザ研究』といった日本のスピノザ研究史への影響をも明らかにした。

 

 

 続けてわたし(朝倉)が、発表「スピノザ批判としての西田の絶対無」を行った。西田とスピノザの関係については、これまでも竹内良知や小坂国継の論考があるため、二つの先行研究によって浮かび上がる問題点の考察から論を起こした。前者に対しては、実体論に対する批判に限ってスピノザとの接点を見ることの限界を指摘し、身体や自愛をめぐるスピノザへの言及が中期西田哲学の進展において欠かせないものとなっていることを論じた。また小坂氏の論考に対しては、西田とスピノザに共通とされる「内在主義」を改めて検討するとともに、両者を対比的に見ることがどこまでできるのかを再検証した。

西田哲学の特徴としてとりわけ重要なのは、いわゆる「述語主義」ではなくいわば双方向主義であり、双方向的な追究こそが中期西田哲学の「骨」となっている。双方向性を核とした内在主義にこそ、スピノザとの深い関わりがあるとわたしは結論付けた。この点をめぐって発表後すぐに疑義が呈されることで、活発な議論が交わされるきっかけとなった。

 休憩を挟んで約一時間にわたり行われた討議について、内容を紹介することが困難を極めるのは、わたし自身が発表者の一人でもあったために客観的にまとめることができないことのほかに、主としてその議論がかなり専門的な点に立ち入ったためである。『エチカ』の諸命題にラテン語表現の検証を含めた分析が行われる一方で、日本哲学をめぐる新出資料にまで話が及ぶといった具合であり、その白熱した討議を限られたスペース内で、広く理解可能な仕方で記述することはできない。ただ事実確認として、幾人かのスピノザ研究者と発表者二人を中心として大変活発な議論が交わされたことを、ここに記すにとどめたい。

西田と田辺の哲学的対決は、日本の哲学史において大きな出来事であり、そこにはスピノザの影がある。このことを明らかにする実り多きワークショップが実現したのは、スピノザ協会がもつ高い専門性と、東アジア藝文書院による日本哲学や東アジア思想への深い関心(そして行き届いた技術的サポート)がうまく組み合わさったからであり、この点をめぐってスピノザ協会から感謝の意が表明された。スピノザ協会の平尾昌宏氏(立命館大学)による閉会の辞を額面通りに受け取ってよいとするなら、今回のワークショップを通じて日本におけるスピノザ受容の理解が大きく進展したと言えるだろう。

 

 

報告者:朝倉友海(総合文化研究科)