2024年5月13日(月)、香港中文大学のゴードン・マシューズ氏は「ローエンドのグローバリゼーション:それは何なのか?道徳的に正当なのか?その未来は?」(Low-end Globalization: What is it? Is it morally justifiable? What is its future?)と題する講演を行った。
マシューズ氏は、特に「ローエンド・グローバリゼーション」(low-end globalization)という用語の創案で知られている。2005年から2010年にかけて、マシューズ氏は当時のローエンド・グローバリゼーションの中心地であった香港の重慶マンションを調査し、中国製携帯電話を購入するためにやって来たアフリカ商人の実態を観察した。さらに2012年から2017年には中国広州で調査を行い、異文化間でローエンド・グローバリゼーションが実践される際の諸現象から、その多重的展開を探求した。
ローエンド・グローバリゼーションとは、比較的少額の資本と非公式な——しばしば半合法的、または違法な——国境を越えた人とモノの移動である。講演では、まずマシューズ氏はローエンド・グローバリゼーションとハイエンド・グローバリゼーションを対比しながら、前者の主要な特徴として、①契約よりも評判重視、②合法と違法の狭間、③公的手続きよりも個人的ネットワークへの依存、④普遍主義と特殊主義の折衷、という4点を中心に説明を行った。ローエンド・グローバリゼーションは、いわゆる「発展途上国」が中心的な舞台だと思われがちだが、実は世界中に遍在する現象といえよう。低所得者層に物質的な豊かさを部分的であれもたらされてきたローエンド・グローバリゼーションは、法制度とは別の、文化・宗教・社会的ネットワークに基づく「道徳的なもの」の存在を示唆している。それをめぐる人々の実践が必ずしも全て称賛に値するわけではないものの、現行の世界秩序や道徳観を問い直す契機となり得る。非対面の電子商取引の普及やモニタリング強化に伴い、ローエンド・グローバリゼーションの有り様も変容を余儀なくされるかもしれない。しかし低所得者層とグローバル体験への渇望が続く限り、その動きは継続するだろうと指摘される。
マシューズ氏の講演は随所にユーモアが交えられ、会場から笑いが起き、和やかな雰囲気に包まれた。質疑応答セッションでは、ローエンド・グローバリゼーションとインフォーマル経済の違い、経済的領域を超えた分析の可能性など、多角的な議論が交わされた。一方で、ローエンド・グローバリゼーションの実践から利益を得ているのは、ある意味で新興国のミドルクラスが中心であることを考えると、果たしてそれが世界的な格差是正に結びつくのか、またサプライチェーンにおける人権・環境の加担になっていないかなど、検証すべき課題も残されている。
報告者:汪牧耘(EAA特任助教)