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2024.08.21

【報告】第7回EAA研究会「東アジアと仏教」

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2024年8月17日(土)14時より、第7回EAA研究会「東アジアと仏教」を開催した。今回は劉家幸氏(成功大学助理教授)に、「江戸時代の漢文地蔵霊験説話に対する一考察:晦巌道熙『地蔵菩薩感応伝』を中心に」と題する研究発表をしていただき、柳幹康(東洋文化研究所准教授)が司会・通訳を行なった。当日の参加者は対面が8名、オンラインが延べ22名の計30名であった。なお劉家幸氏は6月から8月までの二ヶ月間、訪問研究員として東洋文化研究所に滞在されており、今回の発表はその間の調査・研究に基づくものである。

 

 

晦巌道熙は黄檗宗で出家・嗣法した日本人の禅僧であり、地蔵菩薩の霊験譚を漢文で記し1687年に『地蔵菩薩感応伝』2巻を出版した(以下『感応伝』と記す)。江戸時代には10冊以上にも及ぶ地蔵菩薩の霊験譚が編まれたが、晦巌の『感応伝』のみを例外とし、それ以外は全て和文(日本語)で記されている。『感応伝』に収録された霊験譚は全部で70則あり、地蔵菩薩が様々な手立てを講じて人々を救う姿が描き出されている。その内容は中国の地蔵信仰に基づきながらも、日本の民俗信仰と融合しており、中国の霊験譚の基調が勧善懲悪であるのに対し、悪人の救済をも説く点に日本独自の発展の様子がうかがえるという。劉氏は『感応伝』の特色を文学的側面――漢文の霊験筆記の風格を保つこと、日本の伝統的地蔵信仰を記すこと、聖俗を兼ね備えた人ならざるものと異能を備えた人とを対比的に描き出すこと、過去と現在、この世とあの世に化身を表わす地蔵の姿を描き出すこと――と、宗教的側面――地蔵信仰を勧め因果の道理を宣揚すること、『地蔵菩薩本願経』に基づく実践方法を示すこと――の両面から指摘するとともに、本書を切り口として当時出版された関連する文献を見ていくことで、中国・日本の禅林における同時・双方的影響関係が明らかになるという今後の研究の見通しを示してくださった。

 

 

以上の発表に対し、晦巌が記した漢文の水準や当時黄檗僧が中国から将来した書籍などについて出席者より様々な質問が寄せられた。劉氏によれば晦巌の漢文の水準は非常に高く、彼が元の中峰明本の詩集『梅花百詠』に基づき『新撰梅花百詠』を編んだことからも、その漢文の素養が見て取れるという。また黄檗僧が将来した中国の書籍について、僧侶のほかその檀越(在家信徒)によってももたらされていたこと、当時の日本の僧侶が黄檗寺院でそれを閲覧した記録があること、誰がどのような書籍を将来したかについては現在研究が進んでいることなどをご紹介くださった。

 

 

『感応伝』には日本の地名が数多く挙げられており、当時の人々が生きていた現実の世界を舞台として、衆生を救済する地蔵菩薩の姿がいきいきと描き出されている。劉氏は発表にあたり、過去の絵巻物や版本にえがかれた図像、および劉氏が今回の訪日中に調査・撮影した寺院・仏像などの写真をふんだんに組み合わせてご紹介くださり、当時の人々の眼前に広がっていた豊かな宗教世界を追体験することができた。そこからは、今となっては名前も生涯も分からなくなってしまったにせよ、当時たしかに生きていた無数の人々の思いや願いを読み取ることができ、時代こそ異なれ同じ土地に生きるひとりの人間として大変興味深いものであった。

 

報告者:柳 幹康(東洋文化研究所)