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2024.07.23

【報告】シンポジウム「惑星時代の中国学(Sinology in the Planetary Era)」

202477日、東京大学法文2号館にて、シンポジウム「惑星時代の中国学(Sinology in the Planetary Era)」が開催された(中国社会文化学会2024年度大会(76日〜7日)とEAAの共催)。世界中の研究者が集まり、惑星時代における中国学の位置づけや、近代化が進む今の諸問題に対する中国学の回答などについて発表し、総合討論を行った。

はじめに、モデレーターである石井剛氏(東京大学)がシンポジウムの趣旨を説明した。中国を研究する「中国学」は、「Sinology」または「漢学」とも呼ばれる。気候や経済などの問題が惑星的規模に広がる時代において、修養から天下までを考察する中国学は、宇宙全体をどのように考え、どのように位置づけるかを再考しうるものであると説明した。

 

 

基調講演では、ヤナ・ロシュカ氏(リュブリャナ大学)と楊儒賓氏(国立清華大学)が登壇した。ヤナ・ロシュカ氏は「儒家的関係主義を止揚する:新たな惑星倫理に向かって」というテーマで、儒家倫理の現代における普遍的意義について語った。哲学的儒教と政治的儒教の二つの側面は弁証法的な相互作用があり、それぞれが重視する問題は異なるが、両者ともに社会的調和、階層関係の思考、社会安定と個人の道徳を求め、「内聖外王」のメタ儒教に統一されていると述べた。このような儒教は、惑星時代の諸問題に対して実用的価値を持つ倫理の提案となると考えられる。

楊儒賓氏は「乗り越えられないもうひとつの近代中国:東アジア儒者からの視点」というテーマで、「中華」の正統性をどのように理解するかという問題を議論した。20世紀の中国が近代化の趨勢に巻き込まれた時、1911年と1949年の二度の革命により異なる近代化の構想が生まれた。共産主義の「中華人民共和国」は最終的に政治的正統性を得たが、「中華民国」の文明的・文化的正統性を無視することはできない。「中華民国」の国体は、中国の古来の文明と西洋の外来文明との戦いの中で、伝統を継承し新しい考え方を受け入れ調和させた近代化の対策であり、その歴史的意義は時代を超えるものであると述べた。

 

 

個別報告では、橋本悟氏(ジョンズ・ホプキンス大学)、魏月萍氏(スルタン・イドリス教育大学)、彭春凌氏(中国人民大学)による発表が行われた。

橋本悟氏は「中国学と普遍性」について、比較文学の視野から中国学の「文」を普遍的な思考として取り組む試みについて論じた。19世紀において近代的普遍的意味を有した「文学」は、西洋の「Literature」の訳語として文明なものとみなされ、それに対し東アジアの「文」は過去の野蛮なものと認識された。しかし、東アジアにおける近代的な「文学」の起源は、古典文化との批判的関係を通じて新たな表現の可能性を切り開き、それによって近代的文学は開放性を有し得る。東アジアの近代文学は普遍的「文学」に取り組むべきであり、「文学」が西洋の範例に限定されることを拒むべきだと述べた。

 

 

魏月萍氏は「マレーシア・シンガポール儒家の越境と宗教対話——歴史と今日の危機からのチャレンジへの応答」について発表し、マレーシア・シンガポールの近代化における儒家の役割を議論した。19世紀から私塾教育や清代の領事館によって儒教がマレーシア・シンガポールに伝わり、広く受け入れられ華人社会の主流価値観となった。1990年代には儒家がムスリムのグループに紹介され、宗教間の対話が行われた。儒教の観点からコーランを翻訳・解釈し、「哲学神学」の比較分析を通じて、共通の普遍的価値観を見いだすことにより、異なるグループや文化を認める多元的社会の形成が可能であると述べた。

 

 

彭春凌氏は「スペンサーとグローバルな知の流動における近代中国思想 ――『原道:章炳麟と両洋三語の思想世界(1851-1911)』のコンテクスト」というテーマで、スペンサーの進化論などの学説が近代中国に翻訳・紹介されることで生じた19世紀における中国・日本・ヨーロッパの間の知識交流について論じた。スペンサーの文集を翻訳する際、章太炎は英語を解さなかったので、曾広銓に簡単に訳してもらった後、儒家経典の概念を使って雅な中国語に書き直した。その後、章太炎は日本に留学し、日本語を通じて西洋の学問や日本近代思想を学び、「反スペンサー」の思想にも触れ、自身の中国伝統教養と融合して独自の思想を形成した。

 

 

続いて、3つの報告に対してコメントが行われた。志野好伸氏(明治大学)は橋本悟氏の東アジアの近代文学に関する話題に触れ、森鴎外・章太炎・蔡元培の例を挙げて「文学」概念の普遍性について議論した。王欽氏(東京大学)は3つの報告に共通する「普遍性」の問題について、それぞれの焦点の異同をまとめ、惑星時代における「普遍性」の有限と無限について議論した。

 

 

最後に、発表者とコメンテーターの8名による総合討論が行われた。橋本悟氏、魏月萍氏、彭春凌氏はコメントに回答し、ヤナ・ロシュカ氏は、古い時代と今の新儒家の「内聖外王」の異なる点に関する質問についてさらに議論を深めた。また、ヤナ・ロシュカ氏と魏月萍氏は普遍性と特殊性の関係について議論した。楊儒賓氏は、1949年以降の台湾の知識人たちが「中華民国」の方法や価値をどのように発展させたのかについての質問に答えた。

 

 

(報告:東京大学人文社会系研究科博士課程・呉雨桐)