2024年5月18日(土)14時より、第33回東アジア仏典講読会をハイブリッド形式にて開催した。今回は柳幹康(東京大学准教授)が「禅宗における仏性説」と題し、資料の講読を行なった。当日は対面で9名、オンラインで延べ31名が参加した。
柳は中国における禅の黎明期から日本近世にいたるまでの主要な禅籍から仏性説に関する部分を収集し、それを通時的に見ることで禅宗では当初から今日にいたるまで仏性説が大前提となっていると論じた。仏性説とは衆生には例外なく仏性(仏の本性)が具わるが、現時点では煩悩に覆われているため、それを除く必要があるという理解である。この説は5世紀に中国に伝わり、大きな驚きとともに受容された。煩悩に覆われてはいるが皆に仏性が具わるという説は、中国最古の禅籍『二入四行論』の序にも明記されており、その後の各時代の禅籍にも広く見えている。例外なく仏性を有することは中日の禅籍において広く自明視されており、その理由についての議論は見えないことから、それは禅宗にとって大前提であり、そのうえで仏性をいかに看取するかが禅宗思想の一大テーマになったのではないかと見解を述べた。
これに対し、インドから中国にかけての仏性説そのものの展開や禅宗における仏性と煩悩の捉え方の変化、ならびに思想史を論じるうえでいかなる視点からどこに焦点を絞るべきなのかなど様々な質問・意見が出され、対面・オンライン双方の参加者をまじえ長時間に及ぶ非常に活発な議論と意見交換が為された。今回準備した資料のうち後半部分を扱う時間がなかったため、そちらは次回に持ち越し引き続き議論を行なうこととなった。
報告者:柳幹康(東洋文化研究所)
【報告】第32回東アジア仏典講読会
【報告】第34回東アジア仏典講読会(特別講演)