2023年9月23日(土)14時より、第26回東アジア仏典講読会をハイブリッド形式にて開催した。今回も前回に続き柳幹康(東京大学東洋文化研究所准教授)と小川隆氏(駒沢大学教授)により、それぞれ大慧の普説ならびに『宗門武庫』の講読がなされた。
柳は「銭計議請普説」の講読を行った。これは銭計議(銭は姓、計議は官名)に大慧が説いた普説(説法)であり、大慧68歳の作である。そこで大慧は「寂滅現前」(究極の静けさの出現)と「大自在」(偉大なる自由)を得た40歳の大悟と、彼が若かりし頃に聞いて理解できなかった『殃崛摩羅経』の話を結び付け回想している。『殃崛摩羅経』に説かれる話は、999もの人々を殺めた殃崛摩羅(アングリマーラ)が釈尊の言葉を聞いて出家し、のち真実の語を説くことで難産に苦しむ婦人を救ったというもので、かつてこの話を湛堂文準より聞いた時に大慧は理解することができなかった。ところが40歳で『華厳経』を読み大悟した際に、湛堂の話を理解することができたのだという。おそらく大慧は、いかなる文脈にも限定されず自由に説法するのが悟りの働きだと理解したのではないかと柳は論じた。
小川氏は『宗門武庫』の第14段、円通法秀と法遜・宝琳の話を講読してくださった。円通法秀は前回も登場した雲門宗の禅僧、法遜と宝琳はともにその法を嗣いだ人物である。法遜が円通法秀の下で侍者(側仕えの役)を務めていた時、宝琳がその門下に加わった。新たに加わった修行僧のため円通法秀が特別な茶礼(茶をふるまう礼法)を催すこととなり、そのことを侍者の法遜が宝琳に伝えようとしたが、あいにく宝琳が不在だったため別の修行僧に言伝を頼んだ。ところがその修行僧は伝言を失念してしまい、宝琳は茶礼に来なかった。そこで呼び出された宝琳を円通法秀が叱責すると、宝琳は他者を責めず自分が泥をかぶろうとし、それを侍者の法遜がかばい、さらに伝言を失念した修行僧が自身の過であると名乗り出た。円通法秀はその風義の高さを嘉し、三人ともに赦したのであった。
以上の講読に対し、『殃崛摩羅経』の解釈や禅宗の理解不可能な公案と関係、円通法秀当時の禅寺・規則の背景などをめぐり、活発な議論が為された。
報告者:柳幹康(東洋文化研究所)