2022年11月19日(土)日本時間14時より、第17回東アジア仏典講読会を開催した。今回は三人による発表・講読が為された。
まず最初に柳幹康により「白隠禅における坐禅と公案:大慧の看話禅との比較」と題する研究発表が為された。その内容は基本的に、去る9月3日に印度学仏教学会第73回学術大会で報告したものに準じるが、その際には時間の制約上紹介できなかった原文や墨蹟などを広く紹介し、本会の議論に供した次第である。発表では日本江戸期の白隠が中国宋代に大成された大慧の看話禅を継承する一方で、それによる見性(開悟の体験)のみで事足れりとせず、更なる自己陶冶と衆生救済を自他に課したこと、ならびに修行の進度を証明する三種の証明書を組み合わせる独自の指導法を確立したことなどを紹介した。それに対し、白隠の下に形成された教団、白隠の指導を受けた人々の属していた社会層、見性の内実、大慧の看話禅との異同、白隠以前の密参禅との関係などについて多くの質問がなされ、参加者も交えて議論が為された。
次に土屋太祐氏(新潟大学准教授)により『宗門十規論』第三章の会読が為された。そこでは当時の禅僧たちが以下のように批判されている――彼らは、禅宗が一貫して伝えてきた本質を知らず、互いに相手を異端だと罵っている。自分の力量を弁えず、人の言葉を盗み、人に対する指導だけでなく、自分の悟りも不十分である。説法の内容だけでなく、起居振舞からもその力量は白日のもとに曝されるのだから、一山に住持して人の模範となるべき者は努々慎まねばならない――。概要は以上の通りであるが、そこで用いられる典拠や言葉、話の流れは必ずしも明瞭でない。そこで中国禅宗思想史を研究されている小川隆氏(駒沢大学教授)や明清の文学・文化を研究されている李瑄氏(四川大学教授)など参加者から様々な意見が出され、読解が緻密に進められた。
最後に張超氏(PSL研究大学フランス高等研究実習院常任副研究員)により『勅修百丈清規』「月分須知」の講読が中国語でなされ、柳が通訳に当たった。「月分須知」は禅門における毎月の行事を記したもので、第12回(今年6月)から読み進められている。5回目となる今回は残りの分、すなわち九月から十二月まで全てを読み終えた。九月は一日から坐禅板(坐禅の時間を告げる板)を鳴らし、日課として坐禅を行なう。簾を春夏用のものから秋冬用のものに替えるほか、重陽の節句に茱萸茶を飲むなどする。十月は一日に炉を開き、五日に達磨忌(禅宗初祖の達磨が入滅した日の法要)を行なう。十一月は二十二日に帝師忌(元朝の帝師パスパが入滅した日の法要)を行ない、冬至に菓子を振る舞う。十二月は八日に成道会(仏教の開祖釈尊の成道を祝う法会)を行い紅糟という特別な食べ物を食べる。なお十一月か十二月に役僧(事務を担当する僧)の交替がなされ、年末には各部署で出納帳を締め住持に提出する。張氏はそれぞれの詳細について関連資料を丹念に引きながら解説した後、『勅修百丈清規』が編まれた元代の仏教の状況と禅宗の動向についてご紹介くださった。当時の仏教政策と実際の状況などについて質問があり議論が深められた。
今回は事前に準備された内容が充実しており、それぞれ議論も白熱したため、当初の予定より時間が二時間以上も延びてしまったが、多くの方に最後までご参加いただいた。この場をかりて改めて御礼を申し上げるとともに、運営の不手際についてお詫び申し上げたい。
報告者:柳 幹康(東洋文化研究所)