2022年9月2日に中島隆博院長以下EAAの5名(張政遠、田中有紀、王欽、そしてわたし)にリサーチ・ユニットの星野太さんを加えて合計6名で、ダイキン工業株式会社のテクノロジー・イノベーションセンター(TIC)を訪問しました。同センターは、淀川水系が築いた大阪平野を遠く金剛生駒の山々まで見はるかす雄大な風景に囲まれた最先端の研究・実験施設です。
ここを訪れたのは、今年度の春学期に開講した学術フロンティア講義「30年後の世界へ——「共生」を問う」のスピンオフ・セミナーをダイキン社員の皆さんと共に開催するためです。
高度な実験施設は素人のわたしから見て、ただただすごいと思うものばかりでした。とりわけ印象的なのはオフィス空間です。空調メーカーとしてのナンバーワン・グローバル企業だけに、ゼロ・エミッションをめざして設計された空調システムが全館を心地よくコントロールしていることは言うまでもなく、集まる人々(社員のみならず来訪者も含めて)が共により善く協働できるような工夫が随所に散りばめられています。「空気」とは、そこに充満している酸素や二酸化炭素などの気体やその温度や湿度、風力、風向などだけを指すのではなく、それを境界づけている空間の設計や、その空間で行われている人々の活動、そして、それらの活動によって常に生み出されながら変化してやむことのない場の雰囲気(カルチャー、社風)などのすべてを指す総合概念であり、TICはそうした総合概念としての空気の作り方を示すすばらしいモデルを提供していると感じます。
セミナーでは、宇沢弘文の『社会的共通資本』を事前に読んだ上で参加者それぞれの視点からこれを批評するかたちで行われました。ダイキンからは11名の参加があり、そのうち9名の方が事前課題を提出してくださりました。企業の第一線で活躍なさっている方々ですので日々の業務も相当お忙しいはずですが、わたし自身ハッとさせられるような洞察に富んだ意見が次々とくり出され、予定されていた時間はあっという間に過ぎていきました。参加者はひとりひとりが事後の感想を……ではなく、「あとがき」を書きました。これは、2年前の夏休みに初めて行われた類似のセミナーで中島さんが参加者に求めたのが始まりです。そのこころについては、以下のブログでご確認ください(https://www.eaa.c.u-tokyo.ac.jp/blog/2020-3573/)。
議論の内容についてはここで特に紹介しません。しかし一つだけ披露すると、冒頭でゆたかな社会の諸条件に言及する中で、テクストが「魂の自立」と述べていたことと結びつけるように、わたしたちは「魂」を以て、「魂」について議論しあっていたように思います。それは、ソクラテスが「魂の配慮」をポリスの人々の最も重要な徳であると論じていたのと同じように、高度に哲学的な対話の場が現出していたことを意味しています。社会的共通資本とはわたしたちがよりゆたかな社会をめざすための導きとなる重要な概念です。「知への愛」としての哲学は言ってみれば「魂の協働」ですが、そうした協働がなされる場それ自体は、社会的共通資本の具体的な表れの一つであると言えるでしょう。
「魂」はプシュケー、つまりわたしたちの呼吸する息のことでもあります。魂は空気なのです。ダイキンは空調で空気をよくし、EAAは学問を通じて「空気」をよくする。それらが共に溶け合いながら、わたしたちの社会を少しずつよりよきものへと変容させていきたい。そのような思いを強くする一日でした。
いつもながら、ダイキンのみなさまのご厚情に深く感謝いたします。
報告者:石井 剛(総合文化研究科)