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2022.02.04

【報告】EAAワークショップ「再興する書院——アジアからの新たなリビング・ラーニング・コミュニティ」

 2021127日(火)に、EAAワークショップ「再興する書院——アジアからの新たなリビング・ラーニング・コミュニティ」が対面とオンラインのハイブリッドで開催された。今回のワークショップは日暮トモ子氏(日本大学)と山崎直也氏(帝京大学)を発表者として迎え、石井剛氏(EAA副院長)が司会を担当し、張政遠氏(総合文化研究科)がコメンテーターを務めた。なお、本ワークショップは科研基盤研究(C)「中台港澳における「現代書院制教育」の発展に関する比較研究」(課題番号:20K02615、研究代表者:山崎直也)の一環でもある。

 

 石井氏による主旨説明のあと、一人目の発表者日暮氏は「現代中国における書院制教育の展開とその意味」と題する発表を行なった。日暮氏はまず欧米における「カレッジ」の成立とLC論、LCC概念の提起、日本における「学寮」の歴史と現状、古代から近代までの中国における書院制教育の変遷を整理した。そのうえ、中国における現代書院制教育の登場に焦点をあてた。日暮氏によれば、中国では1990年代における大学募集人数の拡大による質の低下、カリキュラムの細分化による学生の知識の狭隘化への批判を背景に、2000年代に入ると、従来の「宿舎」を新たに「書院」(「住宿制書院」「現代書院制」)として再編成する動きが生じ、「通識教育」(general education)を提供し教師と学生がともに学ぶLCLCCを目指す現代(大学)書院制教育が登場した(2017年の時点で合計37校が114書院を設立している)。そして現代書院制教育のタイプを三つに分け、その例として西安交通大学の大衆・生活体験型書院、復旦大学の伝統・通識型書院、蘇州大学のエリート型書院を紹介し、さらに香港中文大学の書院制教育(residential college system)の成立経緯と仕組みをも整理した。最後に今日の中国における書院制教育の主な課題について、大学の専門教育との衝突(専門教育と教養教育をどう融合するか)、管理的な側面の強さ(学生の自主性をどう保持するか)、書院のエリート化と大学の機能分化(共通の文化的基盤をどう構築するか)などを指摘した。

 

 

 続いて二人目の発表者山崎氏は「マカオ大学住宿式書院制にみる「住学合一」の可能性」というタイトルで発表した。山崎氏によれば、現代書院制教育はおおよそ通識課程改革と博雅教育(リベラルアーツ教育)の再導入を行い、学生の管理をも重視している。そしてマカオ大学の書院教育、とりわけ「呂志和書院」の施設、教育理念、カリキュラムなどが重点的に紹介された。マカオ大学は2010年から住宿式書院(residential college)パイロット的に実施し、2014年の横琴島(広東省珠海市)へのキャンパス移転に伴って書院教育を全学規模に拡⼤しており、現在は「呂志和書院」を含め全10個の書院を運営している。こうして書院教育を積極的に展開しているマカオ大学だが、実はその制度に脆弱性もあり、それが2019年以来の入学者に課した卒業要件の変化、つまり書院活動への参加が次第に義務づけられなくなることにも表れていると山崎氏が指摘している。そこから「学住合⼀」すなわち学びと⽣活の融合およびその制度化の難しさが窺えるという。山崎氏の見方では、書院教育は本来、現在の大学における過度の専⾨化と通識教育の形骸化、チューター制度の機能不全、宿舎の教育効果の薄さ、⼤学⽣のソフトパワーの⽋如、サークルの没落、進学主義下での学びの動機の低下と⽬標の喪失という問題を改善するために展開されているが、諸問題が根強く存在している以上、過度な期待を背負う書院教育を維持していくこともそう簡単ではない。

 

 

 以上、両氏はともに今日の中国語圏における書院教育の目的や形態が多様的で「現代書院制教育」の定義が難しいとしながら、その基本性格と特徴を整理し、具体例を示したうえ、書院教育の課題や限界についても的確に指摘している。

 両氏の発表について、張氏がコメントを述べた。学生時代に香港中文大学の新亜書院に所属し、のちに中文大の教師も務めた張氏は自身の書院生活を振り返りつつ、1000人が入居できるような従来の書院の代わりに複数の比較的に小規模の書院が設立されているというのがここ10年間の変化だと述べた。張氏によれば、現在、学生側が書院を選ぶ際は書院の歴史的使命よりも、むしろそこに所属することのメリット(奨学金の有無、留学の機会など)のほうを重んじているように見えるし、一方で各書院も学生確保のために様々な方策を講じている。そして、いま問題視されているエリート教育と異なるような書院教育の展開がありうるか、また「学住合一」が容易に実現できない以上、今後は書院が学びの比重を下げて主に寝るための宿舎(dormitory)を提供するという傾向になるか、と問いかけた。

 

 

 張氏のコメントに対して、日暮氏はLLCという理念自体はエリート教育を乗り越えるためのものであって、大学の規模や予算の問題でそれを大学全体に広めることが難しいとはいえ、少なくとも何らかの共通性・共同性を作り出すことが重要だと答えた。山崎氏は中国語圏で教室外の体験を通じた「学び」も重視されるようになり、その意味で単なる宿舎と区別される書院の存在がむしろ大きくなるが、学科の垣根をどう越えるかは一つの課題だとした。

 その後のディスカッションでは、石井氏、田中有紀氏(東洋文化研究所)、柳幹康氏(東洋文化研究所)がそれぞれ質問や感想を寄せ、書院の宗教性と「魂」の問題、中国における現代型書院の急成長、書院への企業家の寄付、書院教育を担当する教員のモチベーション、学生の管理と自主性の関係、共同性と多様性を同時に担保する空間・仕組みといった問題をめぐって、二人の発表者と議論を交わしていた。

 目的・形態を異にして様々な課題を抱えつつも、中国語圏の現代型書院は一つ壮大な教育実践として、おそらくこれからも展開され続けるのであろう。それは「リビング」、「ラーニング」および「コミュニティ」といった、人間が共に生きるには欠かせないものの再把握につながる。個人的には、こうした書院教育の主な対象として中心的な位置を占める学生側の声もいつか聞いてみたいと思った。

 

報告者:郭馳洋(EAA特任研究員)
写真撮影:宇野瑞木(EAA特任助教)
スクリーンショット:具裕珍(EAA特任助教)