2021年11月26日、第1回EAA「民俗学×哲学」研究会がオンライン上で開催された。EAAの張政遠氏(東京大学)の発議によって立ちあげられた本研究会は、今回がはじめての公開イベント開催であった。広義の民俗(学)的なものはEAAの個別研究会(石牟礼道子を読む会・沖縄研究会・部屋と空間プロジェクトなど)においてもたびたび取り上げられてきた。本研究会は、今までの研究会以上に踏み込んで哲学と民俗学のコラボレーションをめざす集まりである。ゲストスピーカーにお越しいただいた山泰幸氏(関西学院大学)は民俗学/文化人類学的な異人論・貨幣論から研究をスタートされ、社会学理論・日本思想史論へ幅広く活動を展開してこられた「越境」の碩学である。今回は同氏のご自身の学術的な歩みを回顧していただきながら、理論から地域協働の試みへと展開してゆかれた過程を「東アジア災害人文学の可能性」と題してお話しいただいた。
山氏は2009年より徳島県三好郡東みよし町と多角的なまちづくりの協働を行ってこられた。一連の活動の発端は、大学教員として・民俗学研究者としての民俗調査実習であったという。大学教員が学生を調査員として聞き書きをすすめるタイプの民俗調査は、日本民俗学の研究者が大学に活動の拠点を得て以来長い歴史をもつ伝統的な調査の方式である。通常、調査のカウンターパートは地元自治体の教育委員会や郷土史家・学校教員となることが多いなか、東みよし町ではやや異なる受け入れ態勢がとられた。フィールドワーカーの報告者(前野)自身も調査側となることが多いゆえ、ハッとさせられる視点なのだが、大学教員が引率する調査班は、外から来た大勢の学生からなっている。調査を受け入れる側から民俗調査実習を見てみると、大きな観光名所やリゾートでもなければ稀な、外からの「若者」の団体の来訪となる。東みよし町では、山氏率いる調査班の受入のために町役場各部署の若手職員のつくった「まちづくり戦略プロジェクトチーム」が受け入れに対応を行った。それが、山氏と東みよし町の人々の、調べる者と調べられる者を超えたかかわりの契機となったという。実践の具体化に向けた相互の模索のなかで、役場若手と商工会若手を交えた勉強会、地元祭り(加茂大楠まつり)運営への学生参画、空き家を回収した交流拠点おおくすハウス開設といったプロジェクトが生まれた。大学と地域の協働プロジェクトのなかで、山氏はよそ者ゆえに課題が見える「異人」的な立場、あるいはよそ者ゆえに仲立ちができる「媒介者」的な立場を発見していった。協働のなかでは、集落自治会長や役場若手・商工会若手の地域住民と内外をつなぐ能力をもった「媒介的知識人」たちを、よそ者として結び付けるメタな「媒介者」の役割がとられることもあった。
山氏が「異人」「媒介者」として立ち回るなかで、とくに見えたことの1つが、当事者たちがお互いの悩みや課題を話し合う場所が地域にないことであった。話し合う場所の欠乏ゆえに生まれる協働活動の行き詰まりが出てくるなかで、同氏が着目したのは哲学カフェ (Café philosophique)の技法であった。哲学カフェは本学の共生のための国際哲学研究センター(UTCP)においても「哲学対話」の一環として過去実践されてきた技法である。3か月に1回、地域密着型の喫茶店で開かれる同イベントには「媒介的知識人」となりうる多様なバックグラウンドの人々(学生・会社員・自営業者・主婦など)が集まっている。今年度も感染症流行の中、ハイブリッド方式を取り入れながら場所の維持が試みられているという。報告において、山氏は「災害」を広義の意味合いで用いておられた。これは防災学者・岡田憲夫の現代の諸危機をとらえる「Persistent Disruptive Stressors(PDSs:続発し社会を破断する力)」の枠組みを援用し、国外研究者との交流を通じた概念のすり合わせを経て、過疎をコミュニティ破断の「災害」として位置づけたものという。東みよしにおける実践は、既存の開発学・災害学のいうところのレジリエンス(強靭性)概念を超え、人文的な知の技法をもって地域の内なる「ことば」を洗い出し、結びつける高度な試みである。
EAA「民俗学×哲学」研究会は第2回が12月(報告:張政遠氏)、第3回が1月(報告:塚原伸司氏(東京大学))にそれぞれ開催される。オンライン・ネットワークを通じて、ぜひ広範な方々と繋がってコラボレートの輪を広げられれば幸いである。
報告者:前野清太朗(EAA特任助教)