東アジア藝文書院は「東アジア発のリベラルアーツ」を標榜すると共に、「新しい学問」を構築することを目指している。新しい「研究」でも新しい「教育」でもなく、新しい「学問」と称しているところが肝である。「学問」はその中身であるだけでなく、そのかたちをも含むべき大きな概念であり、わたしたちは大学を拠点として行われる学問のあり方そのものを、大学の中と外、学問の中と外のそれぞれからつねに新しいものへと更新しながら、大学と学問とが共に人類がよって立つ世界のよりよきすがたを照らす役割を果たしていくべきであると考えている。それは理論と共に実践によって培われていくべきものであるが、その過程では既存の学問の構造(専門領域分類、教育制度、選抜制度など)に対する問い直しを迫られることもあるだろう。いや、それは不可欠であると言うべきだ。EAAはもとよりとても小さな組織なので、現実にできることは限られている。しかし、小さいからこそ新しいさまざまな試みが機動的に実行できる。北京大学をはじめとする国際研究ネットワークが牽引力となって学部教育での新しいジョイント・プログラム「東アジア教養学」が設立されたことや、ダイキン工業から社員の皆さんをお招きして行われた「Look東大」のテクスト講読セミナーや学術フロンティア講義、さらには若手研究者が主体となって取り組んでいる一高プロジェクトなどは、いずれもEAAならではの機動力を活かした取り組みであり、それらのひとつひとつが「新しい学問」のかたちを実践しながら世に問うていく明確な意図をもって進められている。
こうした活動の意義をお認めいただいて、2021年2月に公表された全学の「東京大学における人文社会科学の振興とその展望─東京大学人文社会科学振興ワーキング・グループ最終報告書」には、ワーキング・グループとは別に発足した事業でありながらも、EAAが紹介されている。とてもありがたいことだ。リンク先のページに詳らかにされている紹介によると、この全学ワーキング・グループは、2016年からという息の長い活動の中で本学における人文社会科学を振興するための方策を検討してきたということだ。報告書はその活動成果であると共に、今後の本学における「人文社会科学」のあるべき方向性を示すものだと言え、画期的なものだと言うべきだろう。
わたしたちとしては、この報告書に示されたヴィジョンが今後どのように具体化していくのか気になるところであるが、東京カレッジが早速その期待に応えるように「人文社会科学の未来」と題するシンポジウム・シリーズを開催した。7月12日、19日、29日の3回に渡って行われた活発なディスカッションには、東京カレッジ長であり、EAAの初代院長でもあった羽田正先生のはからいで、EAAも共催団体に名を連ねることができた。
3回のパネルディスカッションは、東京カレッジのウェブサイトでその模様が全篇動画として公開されているので、ご関心のある方にはぜひご覧いただきたい(下記リンク参照)。
Panel 1(2021年7月12日) 文系・理系という区分の再考
https://www.tc.u-tokyo.ac.jp/ai1ec_event/4417/
Panel 2(2021年7月19日) これからの人文社会科学
https://www.tc.u-tokyo.ac.jp/ai1ec_event/4345/
Panel 3(2021年7月29日) 知の社会学の視点から
https://www.tc.u-tokyo.ac.jp/ai1ec_event/4421/
Panel 3にはEAA院長の中島隆博さんも登壇している。人文社会科学をめぐるこうした新しい動きに対してはEAAもそれに棹さすような存在たりたいと願っている。さらに言えば、人文・社会・自然という分類に共通の土台を与えるような学問こそがEAAの目指す「新しい学問」であろうと思う。また特に討論の中でも言及のあった「カレッジ」などは、EAAの「書院」たる存在意義に直接関わっている(詳しくは2021年2月20日のシンポジウム「哲学としての書院」を参照のこと)。
ようやく3年目を迎えたばかりの東アジア藝文書院だが、「新しい学問」に向かってこれからも力強く進んでいきたい。その過程では予期せぬ困難も待ち受けていることだろうが、学内外の多くの方々に支えられている以上、それらはひとつひとつ克服していけるにちがいない。わたしたちも支えてくださっている方々の期待に応えられるよう日々努力していかなければならない。
報告者:石井剛(総合文化研究科/EAA副院長)