2023年2月15日(水)16時より101号館11号室にて、フレデリック・プイヨード氏(エクス=マルセイユ大学)による英語講演”Out of Control. Art and Anarchy”(「制御不能:芸術とアナーキー」)が行われた。プイヨード氏は、博士論文において、ダンスにおける「作品」概念について、カントからヴァレリー、マラルメに至るまで、ひろく西洋哲学・美学・文学を横断するかたちでその無為の性質を論じたあと(Cf. Frédéric Pouillaude, Le Désœuvrement chorégraphique. Étude sur la notion d’Œuvre en danse, Vrin, 2009)、近年ではドキュメンタリー概念に着目して、ダンスにかぎらない身体表象や芸術作品について多岐にわたって論じている。
全3回を予定しているEAAでの連続講演会の第1回にあたる今回は、現在プイヨード氏が関心を持っているという「アナーキー」について、実例をふんだんにもちいて、問題意識と関心を率直にお話いただいた。プイヨード氏によれば、最近マルセイユではアナーキーと芸術をめぐる関心が高まっているという。カトリーヌ・マラブーの近著『どろぼう!アナキズムと哲学(Au Voleur !. Anarchisme et philosophie)』(PUF, 2022)における「制御不可能なもの(l’ingouvernable)」と区別される「制御可能ではないもの(le non-gouvernable))」の説明を踏まえた上で、プイヨード氏は、壁へ衝突し壁を破砕しようとする運動、地面へと転落し倒れ込み落下しようとする運動が実際にアーティストとともにどのように現れているのかに着目した。Faith Akinm “Gegen die Wand”(2004)の映画のワンシーンや、Katerina Andreou, 室伏鴻の即興をはじめとする数々の個別の身体分析から導き出されたのは、壁への衝突や地面への落下は統御可能ではないものの運動なのではないか、という観点であった。1時間強に渡るプレゼンテーションはベケット作品をはじめ俳優として知られるドゥニ・ラヴァンがマンホールから這いずり出て東京を闊歩するLeos Caraxの映像作品”Merde”(2012)でしめくくられた。
ディスカッサントは、沖縄近現代思想史を専門とする崎濱紗奈氏(EAA特任助教)と仏文学者の白石嘉治氏(上智大学ほか)がつとめた。崎濱氏からは、基地問題をもつ沖縄においては、実際に現状をどのように変えるのかが問われており、そうした現実を実際に変えるために、プイヨード氏が提示した統御可能ではないものの運動はどう働きかけうるのか、という問いがあげられた。白石氏からは、政治と芸術の橋渡しへの関心と、壁や地面への衝突といった出来事から浮上する身体とその物質性が指摘され、たとえば統御不能な状況で身体を真に従わせるべき本当の義務とはなんなのかという問いが提出された。その後の質疑応答では、破壊可能な部分や義務と必要、欲望の区別をめぐって、18世紀のプロテスタント思想にも遡って言葉が交わされた。モデレータをつとめたわたしとしては、濃密な2時間のうちに非常に多くの刺激的な論点が浮かびあがったように感じた。そして、たとえ仮想敵であったとしても二項対立を出発点とする議論の袋小路に陥ることなく、事例に即して現実を細やかに見た上で、自然(nature)と秩序(order)をめぐる認識の枠組をアップデートすることがいままさに求められているように思われた。
報告:髙山花子(EAA特任助教)
写真:齊藤颯人