東アジア藝文書院では、2020年以来、もう何度もEAAユースで学んだ皆さんを、こうして修了式で送り出してきました。人数は決してまだ多くありませんが、修了生の皆さんはすでに多彩な活躍をしています。マーティン・スラネッツ(Martin SLANEC)さんは東アジア教養学プログラムにたいへん意欲的に参加し、今日こうしてEEAユース修了生として晴れの舞台に立ち、先輩方のあとに続こうとしています。
EAAユースは、東アジア教養学プログラムでの学習を中心にして、ユース生が北京大学の学生たちと共に学問を通じた友情を育むべく組織された、開かれたコミュニティです。「開かれた」というのは、ユース生の関係が修了と同時に終わるのではなく、むしろ新しく広がっていくことを期待されているからです。ユース生は修了後、長い時間をかけて地球のあちらこちらに活躍の場を見出し、そこで新しい人のつながりを獲得していくことでしょう。ユース生一人ひとりがそうして世界のあちこちで広げる人脈は、ユース生のネットワークに還元されて、よりダイナミックにユース生を相互にゆり動かし、そしてそうして生じた波動は、再び新しい人のつながりを生んでいくはずです。このような良性循環のなかで、この世界は少しずつよい方向に向かってたしかな歩みをつづけることでしょう。皆さんには、共生の世界をリードする智慧ある人々のネットワークを推進するリーダーになってほしいと思います。
修了生の皆さんはこれから長い時間をかけて成長していきます。「30年後の世界」を目指す毎日は、これから本格的に始まると言ってもいいと思います。その中で、皆さんが獲得していく豊かな人間関係こそが、この世界を少しでもよいものに変えていくための根本的な原動力になります。
東アジア藝文書院は、「東アジアからの新しいリベラルアーツ」を標榜して、よりよき世界のために貢献できる新しい人の育成を目指しています。「新しい人」にはいくつかの意味が込められていますが、特にユース生の皆さんには世界人として生きて行ってほしいとわたしは願っています。
東京大学にはスラネッツさんをはじめとして、未来を祝福されたたくさんの若者が、世界各地から集まり、そして卒業後はさらに多くの方々が世界各地に活躍の道を探すことになります。今日、気候変動、生物多様性喪失、国際紛争後激化、移民や難民などの人口流動化、国民国家政治の混乱などなど、大きな課題が世界的に多発しています。それだけではありません。いや、こうした大きな課題はマスメディアや政府、さらには産業社会も取り上げているのでむしろわかりやすい課題です。わたしたちの世界にはしかし、そのような大きな課題のかたわらでこぼれ落ちるように忘れられているにもかかわらず、社会全体を覆うような問題も存在します。それは、つきつめればわたしたちが人として生きること自体の苦しみです。だからこそわたしたちが目指すべき「世界人」とは、単に地球を俯瞰するように縦横無尽に駆け巡るエリートのことであるだけでなく、地を這うようにして、具体的な人の生に触れて、共に生を分かちあいながら幸福を求めようとする泥臭さをも兼ね備えた人のことです。大きなかけ声は、とても小さな日常を苦しみから悦びへと変えていこうとする日々の具体的な行為と共に叫ばれなければなりません。
いまのような時代は、人類史上にも稀だと言ってもいいでしょう。こうした時代の中で、わたしたちはどうやって世界に希望を与えていくことができるでしょうか。まじめに考えれば考えるほど、東アジア藝文書院の役割が重要であると思わざるを得ません。そして、その中心にあるのが、ユース生の皆さん一人ひとりに託されている未来です。
以上をもって、ごあいさつといたします。
2024年9月12日
東京大学東アジア藝文書院
院長 石井剛