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2020.12.17

話す / 離す / 花す(5)

道ゆきてまろべる石のさみしければ 

 前野清太朗

 日本の中世に流行した文芸に連歌なるものがある。趣味人の集った一人が五七五の句をよみ、座に連なる別の一人が続く七七の句を付け、その句へまた五七五を、さらにまた七七を…と句をよみ継ぎながら「うた」をつくる文芸である。よみ人のよみ継いで文字通り一巻の「うた」をつくることは「連歌を巻く」といわれた。いくつか守られるべき接続の規則はあったが、複数人で句をリレーするゆえ、往々に継がれた句と句は予想外に「巻かれた」制作物を生み出す。戦乱のうち続く中世にあって人々はこの同人を巻き・巻き込んで千変万化する創作へたのしみを見出していたのである。

 伝統的な連歌そのものは近代に至りすっかり衰微してしまったけれども、個を超えて集団でものされる創作、即興意外性の美なる性質は、しばしば現代の創作者をとらえてきた。詩人の大岡信もそのひとりで、『連詩の愉しみ』(岩波書店、1991年)ほかの著作をものして連歌・連「詩」の試みとそこで出くわした難しさ・可能性について書いている。大岡とその同人たちが経験したところでは、詩界俳壇にあってソフィスティケイトされた詩人・俳人であるほど、他からつないで他へとつなぐ創作をする連「詩」・連歌へなじむのに苦難を感じていたという。つまり一作一句で完成して鑑賞されうる詩なり句なりを作ることへ慣れているゆえに、つい自らの作に鋭さをこめてしまって、先の詩句を受けてよみ、それを後の詩句へよみ繋げる「スキ」が消えてしまうのだと。

 もとより人文学・社会科学のいとなみは、無から有を創造するいとなみではない。みな何かしら扱い分析する対象をもっている。「うた」に例えるならばみな本歌なり先行する句なりを持っていて、本歌を取って、あるいは二の句三の句を継いだものが自らの作(work)になる。古い西洋の言い回しに「巨人の肩に乗って」とはいうが、学者(scholar)のいとなみは本来的に連作的だ。それゆえ一作一句の完成と繋ぎ繋がれる「スキ」の関係に似通った対立が、連歌・連「詩」の試みと同じようにしばしば生まれてくる。

 学者は「孤独に書く」ことを要する。これは文書の海にもぐるような研究であろうと、数字の山の解析へとりくむ研究であろうと、あるいは文字通りの海山を駆ける研究であろうとも同じことで、最後は「孤独に書く」ことへ向き合う。ならば「孤独に書いて」どうするのかといえば、一つには学術誌に論文として成果を寄せるということがある。寄せた論文は審査(査読 peer-review)を経て、たいてい幾度かの修正のうえに掲載(公刊 publish)される。一連のプロセスはたしかに多くの人々の目と手の介在を経ているけれども、大抵の場合「スキ」はあまり歓迎されない。

 幸いなことに、いまのところ連ね繋げる「スキ」の活きる領域はなお少なからず存在している。たとえば「孤独に書」いたものは、学術誌のほかに「学会」での口頭発表となることもある。とはいえ聴衆の多さと限られた応答の時間ゆえに、論を受けて繋いで、を延々と続けるのは難しい。ここから当代の「学会」の無益を指摘するのはたやすいけれど、存外にそうでもないのだ。報告を終えて一息つくロビーの何気ない雑談からつい時を忘れることもあれば、「学会」終了後に設けられた一席が三席四席となって気付けば延々と学術論を交わしていることもある。そうした「不測」「脱線」の出会いから生まれる新しい展開はたしかにあって、それが今なお「学会」へ生身で出席する魅力であったのだ。

オンライン学会の試みは実に多くのことを可能にしてくれた。望みさえすれば地球の裏側とも討論ができる。出張や旅装の煩わしさもない。ネットワーク技術の力がなければ、黒死病のさなか山深い修道院にこもった中世の隠士のごとく「孤独に書く」ことへ没頭していたであろう。ことによるとそのまま中世の世界に入っていたかもわからない。技術の偉大さに敬意を表しつつ、私はオンラインで設けられた場に「不測」の少ないことを惜しんでもいる。ZOOMで設定されたミーティングは、接続を切ればそれで終わり。それまでの豊かな対話の空間は立ち消えて、孤独に部屋でパソコンの画面と向き合っていた事実だけが残る。一息ついた孤独な報告者へ声をかける見知らぬ人はない。もちろん、いずれ新しいメディアツールがこの「不測」を補完してくれることはありうる。むしろいつか終わる今の状況のあとに、私たちがなおも「不測」や「スキ」を愛でられる心のありようを持ち続けていられるかへ、私は非常に気を病んでいる。

 転がる石に苔は生えぬが、みなみな転がる石となれば、その通る道は荒れ果ててしまう。ローリング・ストーンよ、願わくはなお、巻けよ巻かれようき世の伴に。

2020年12月17日

photographed by Hana