2021年11月27日(土)、EAA共催のもと、東京大学GSIキャラバン・プロジェクト「群島と太洋の思想史——太平洋のグローバル・ヒストリー」第9回研究会が開催された。馬路智仁氏(東京大学)を研究代表者とする本キャラバンでは、「太平洋」というイメージ/表象/意味体系がどのように構成されてきたのかという問いに対して、思想史という観点からアプローチすることを目的とし、過去8回研究会を重ねてきた。第9回となる今回は、小林ハッサル柔子氏(立命館大学)をお迎えし、「南・北半球を横断する太平洋史——Y.H. Kobayashi and S. Takahashi eds., Transpacific Vision (2021)をめぐって」というタイトルで講演頂いた。
講演では、小林ハッサル氏と高橋進之介氏(ヴィクトリア大学ウェリントン)が編者となって2021年に出版されたTranspacific Visions: Connected Histories of the Pacific across North and South (Lexington Books)をめぐって、本書の方法論や問題意識の射程についてお話頂いた。Global Hisory /Asian Studies /Postcolonial Studies /Migration Studiesといった複数の領域に跨りつつも、それぞれの方法論が持つ限界を超えるために本書が提唱するのは“Transnational Micro Social History”という立場である。従来、“Transpacific”にまつわる研究において焦点化されてきたのは、太平洋の東西間移動であった。しかし、本書が重要視するのは南北間移動である。ここには、これまでの研究では取りこぼされてきた「小さな社会」のトランス・ナショナルな移動史がある。これらの小さな事例を大きなフレームワークに落とし込むのではなく、一つ一つ書き起こす作業を通して多様な時間に接続し、画一化された普遍(universal)ではなく、複数化された普遍(plu-riversal)的世界を描くことが目指されている。
ディスカッションでは、Transpacific研究をめぐる動向や、その一大拠点となっているオーストラリア国立大学の状況について質問が挙がった。また、どのように思想史を書くか、とりわけ、アジアという場に身を置きつつ、いわゆる「西洋」も含めた世界全体に対して研究発信をしていく際、どのような立場性を自ら示していくか、という問いについても議論が交わされた。
西洋中心主義を批判しつつ、同時に、ローカルな主体性を(過度に)称揚する誘惑からいかに自由であるかという問いは、大学の国際化という待ったなしの課題に正面から向き合う上で大きな重みを持っていると言えよう。「西洋」にとっての単なる研究対象としての「東アジア」という位置に甘んじるのではなく、同時に、「西洋」の対抗的主体として「東アジア」を立ち上げるという限界に留まるのでもなく、「東アジア」から世界を観察し記述するという視点の意義およびオリジナリティを発信することが、真に国際的な研究機関として大学を開く上で何よりも必要である、と実感したひとときであった。
報告者:崎濱紗奈(EAA特任研究員)