2023年12月19日(火)17時より、講演会「詩の特質と文化的効用」が東京大学駒場キャンパス101号館EAAセミナー室で開催された。本イベントの趣旨は、大学院生、EAAユース、TLPの学生らを主たる対象に、川合康三氏(京都大学名誉教授)の近著『中国の詩学』をめぐって、中国古典詩に留まらない詩の文化的意義を探る、ということであった。今回は、3人の先生方がコメンテーターを担当し、EAA院長石井剛氏(東京大学)が司会を務めた。EAAシニアフェロー高田康成氏(東京大学名誉教授)も本講演会に参加した。以下に講演会の概要を記録していきたい。
1人目のコメンテーターは谷口洋氏(東京大学)である。谷口氏は、『中国の詩学』の内容と特徴に焦点を当ててコメントを述べた。谷口氏によれば、同書の前半は、中国の伝統的な詩論を踏まえたうえで中国古典詩の特質について多角的に考察している。それ対して、同書の後半は、従来の中国詩学研究ではさほど取り上げられてこなかった題材を正面から論じ、伝統的な詩論に挑戦し、従来の中国詩学の認識を刷新しているとした。
2人目のコメンテーターは三原芳秋氏(一橋大学)である。三原氏は比較詩論の観点から『中国の詩学』についてコメントを述べた。三原氏は、中国詩に描かれた「大河」のイメージを例に、中国誌の特質が「文学共同体」の安定と継続、および伝統文化への帰属意識にあると要約した。その後、三原氏は、「情」(内面の感情)や「景」(外界からの刺激)といった詩の要素、詩によって引き起こされた感動(効果)に着目し、中国の詩学、西洋の詩学(「フランス構造主義以降」の詩学)の差異について述べたうえで、「中国」でも「西欧」でもない関係の詩学を語る可能性を示した。
3人目のコメンテーターは鈴木将久氏(東京大学)である。鈴木氏は、中国近代文学研究者の立場からコメントを述べた。まず、鈴木氏は、中国古典詩が今日の文学としても豊かな意味を持っており、古典文学と近代文学を分かつ指標は規範性の強弱であると指摘した。つまり、鈴木氏は、本書の見解に賛同し、古典文学と近代文学の差異は、規範性の有無ではなく、規範性の強弱にあるとしている。その後、鈴木氏は、胡适、周作人、廃名の詩論を読解し、中国の古典詩と現代詩の内在的な連続性について分析した。そのうえで、鈴木氏は、新たな側面から毛沢東の「沁園春・雪」(1945年発表)を読解する必要があると唱えた。
最後の総合討論では、中国古典詩にのみならず、文学と学問について活発なディスカッションが交わされた。なかでも、中国の近現代詩の古典的な思想資源、詩の読み方(黙読と音読)、大学教育の現状と問題点が話題となり、さまざまな議論が行われた。そうした議論を通じて、今の時代においても詩(文学)は人々を惹き付けるものを十分に含んでおり、普遍性を持っているものであることがあらためて確認された。よって、本講演会は、詩(文学)の読み方とその社会的役割を考えるうえで重要な契機を提供してくれたと言える。
報告:陳希(EAA特任研究員)
写真:郭馳洋(EAA特任研究員)