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2024.08.16

【報告】EAAトークシリーズ「空気のデザイン—共に変容する」 第4回「TAKANAWA GATEWAY CITYが創る空気」

2024年7月30日(火)、東京大学駒場Iキャンパス18号館コラボレーションルーム1にて、EAAトークシリーズ「空気のデザイン—共に変容する」の第4回セッションが開催された。同トークシリーズは、サステナブルな未来の空気をデザインすることによってもたらされる社会並びに人間の心身の変容について、様々な業界・分野の実務者と研究者が一緒になって考える機会を創出することが意図されている。

第4回セッション「TAKANAWA GATEWAY CITYが創る空気」では、TAKANAWA GATEWAY CITYのまちづくりに取り組まれている東日本旅客鉄道株式会社の松尾俊彦氏とOne Earth Guardians育成プログラムを推進されている本学農学生命科学研究科の中西もも氏をお招きした。

松尾氏は、JR東日本に入社以来、一貫して鉄道用地の開発並びに新規事業の企画運営等に従事されている。2016年より品川開発プロジェクトを担当され、現在はマーケティング本部まちづくり部門品川ユニットマネージャーとして、主にTAKANAWA GATEWAY CITYの企画におけるパートナー企業との共創による事業創造に取り組まれている。TAKANAWA GATEWAY CITYは「100年先の心豊かなくらしのための実験場」を標榜し、来年3月にまちびらきすることになっている。

本セッションでは、まず松尾氏より、目下TAKANAWA GATEWAY CITYプロジェクトにおいて進められている(同氏が言うところの)「新しいまちづくり」についてお話しを頂いた。同氏によるご講演の内容は、環境、モビリティ、ヘルスケア分野における社会課題の解決に資するスタートアップエコシステムの形成から、街全体の商業施設等から排出される食品残渣の資源化といったサーキュラーエコノミーの試みにまで及んだ。

続く中西氏の応答的なプレゼンテーションは、同氏が中心的な役割を果たされている本学農学生命科学研究科One Earth Guardians育成プログラムの話題を軸に展開された。同プログラムは、人間と他のあらゆる種の共存を可能にする農業および食のあり方について、多種多様な知識やステークホルダーを巻き込みながら創造的な解決策が提案できる科学者の育成を目指している。TAKANAWA GATEWAY CITYプロジェクトと同様に、100年先の衣食住のあり方について地球環境との関係から想像(創造)していくことが指向されている。

同プログラムのカリキュラムは、受講生が異分野の研究者や協力企業とのコミュニケーションや協働に巻き込まれるようデザインされており、その過程で彼ら自身の「巻き込み力」が養われることを意図している。このような「巻き込み力」を重視するOne Earth Guardians育成プログラムの姿勢は、日々TAKANAWA GATEWAY CITYプロジェクトを前に推し進められている松尾氏の共感を得ていた。松尾氏はご講演の中で、TAKANAWA GATEWAY CITYは「失敗を許容するまち」であることを強調されていた。松尾氏のチームでは、新規事業等の検討において、異業種や異分野の方々との交流やコラボレーションを大切にされていると言う。それは、安全第一の鉄道事業からすれば有り難くない偶発性、紆余曲折のプロセス、時として失敗を伴うことになるが、期せずして創造的な化学反応をもたらすことがある。

本セッションにおける松尾氏と中西氏のご講演並びにご対談は、トークシリーズ全体に関わる様々なキーワードの中でも、とりわけ「変容」というキーワードに光を当てる内容であったように思われる。まずもって、TAKANAWA GATEWAY CITYに係る松尾氏のご講演は、JR東日本という会社の自己「変容」に向けたマニフェストであるようにさえ感じられた。無論、人口減少やキャッシレス決済システムの多様化といった同社の鉄道事業を取り巻く経営環境の変化が、同社に事業の多角化へと向かわせているというのはごく自然な成り行きなのかもしれない。

それでも、松尾氏にご説明頂いた人と地球に優しい食のあり方を探るプラネタリーヘルスダイエットの試みなどは、従来の鉄道事業者に付随するイメージからすると幾分野心的であるように思われる。それは、鉄道事業者であるJR東日本が、水産資源を巡る地球規模の課題に目を向け、マルハニチロ株式会社および本学とともにTAKANAWA GATEWAY CITYで魚食のリ・デザインを実行しようとする試みである。松尾氏は、このような企画を立ち上げること自体が、社内のカルチャー改革の一助になるのではないかと言及された。JR東日本という会社が「変容」することで、TAKANAWA GATEWAY CITYの利用者、ひいては同社が運行する鉄道の利用者もまた共に「変容」していくことが意図されていると言えるかもしれない。

この点に関する中西氏のご指摘は示唆的であった。中西氏は、研究者であり、かつ地球環境や食に係る新しい教育の実践者として、私たちの見えないところで進行している気候変動の悪影響や食材の生産者が置かれている状況の厳しさを直視されている。それ故にこそ、個人でこれらの問題をなんとかしようとすると、各々の持つ価値観と衝突し、優先順位付けに苦しむことになると指摘する。この点は、第1回セッションにおいて話題に上がったことと関係している。

他方、中西氏は、不特定多数の人々が利用する建築や街区といった面的インフラ自体が地球に優しいシステムへと「変容」していくと、個々人は動機を内面化することなく「変容」していくことが促されると指摘する。このような面的な広がり(例えば、街区、集落、都市、流域、森)は、地球に優しい衣食住を考えるための統合的な単位としてのみならず、人間以外を含む他者との「変容」が促される単位としても重要になってくるのではないだろうか。

実際、フードロス削減、サーキュラーエコノミー、カーボンニュートラル等に係るTAKANAWA GATEWAY CITYでの実践経験は、将来的に他の都市や地域においても活用されることが想定されている。それをいかに可能にしていくかは目下社内にて検討中とのことであるが、松尾氏は人材育成が鍵になるのではないかと指摘する。

現在、JR東日本でTAKANAWA GATEWAY CITYプロジェクトを担当している社員は60名に上るそうであるが、仮に60名全員が将来日本全国に散らばっていったとき、彼らはいかにTAKANAWA GATEWAY CITYにおける先例を各地の文脈に落とし込んでいくことができるであろうか?この点は、第3回セッションにおいて株式会社日立製作所の吉本尚起氏が「地域の空気」という観点から議論された問題意識と関係しているように思われる。「TAKANAWA GATEWAY CITYが創る空気」はいかに「地域の空気」になっていくのか?

末筆ながら、TAKANAWA GATEWAY CITYには東京大学GATEWAY Campusが設置されることになっている。

詰まるところ、本学もまた「変容」していくことが期待されている。

本セッションでは、18号館共通技術室の木村嘉陽氏と青山恵氏にオンライン配信機材の手配並びに設営をお願いした。本番でのオンライン配信はEAAスタッフの豊嶋駿介氏、写真撮影は総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程の楊傑氏にそれぞれご対応頂いた。毎度受付係は同僚の汪牧耘氏にご担当頂いている。皆様のご協力に心より感謝申し上げる。

報告:野澤俊太郎(EAA特任准教授)
写真:楊傑(総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程)