2024年11月29日・30日の二日間にわたって、「The Standpoint of Heimatlosigkeit and the Planet(故郷喪失という立場と惑星)」と題したシンポジウムが東洋文化研究所大会議室にて開催された。このシンポジウムは、気鋭の哲学者であるユク・ホイ氏(エラスムス大学ロッテルダム)と中島隆博氏(東京大学)の共同企画である。単発の企画としてではなく、これまでアジア圏の知性を有機的に繋ぐ役割を果たしてきた場である「亜際書院(Inter-Asia School)」の再起を目的としたシンポジウムとして開催したい、という打診がホイ氏からあったのが、2024年3月のことだった。シンポジウムには、亜際書院の創設者であるジョンソン・チャン氏も同席した。発表者として、ホイ氏と中島氏の他に、ブレット・デイビス氏(ロヨラ大学メリーランド)、キム・ハン氏(ヨンセ大学)、フェルナンド・ウィルツ氏(京都大学)、崎濱紗奈(東京大学)が登壇した。
「The Standpoint of Heimatlosigkeit and the Planet」という主題は、20世紀を代表する哲学者であるマルティン・ハイデガーの「Heimatlosigkeit(故郷喪失)」という概念、および太平洋戦争(当時大東亜戦争と呼ばれた)の最中の1942年に京都学派の四人の哲学者たち——高坂正顕・西谷啓治・高山岩男・鈴木成高——が雑誌・中央公論で行った座談会「世界史的立場と日本」から着想を得て、ホイ氏が提案したものである。また上記2つ以外に、今回のシンポジウムでは「世界史的立場と日本」と同じく1942年に雑誌・文學界で行われた座談会「近代の超克」が強く意識されていたことも書き留めておかねばならない。「Heimatlosigkeit(故郷喪失)」にせよ、「世界史的立場と日本」そして「近代の超克」にせよ、いずれも戦前の、なおかつ(結果的に敗戦国となった)ドイツ・日本によって遂行された戦争を正当化する概念・言説として機能したという暗い側面を持っている。同時にこれらは、近代が抱え込んだ問題の諸相を克服しようとする知的プロジェクトでもあった。
ユク・ホイ氏が開会の辞で述べたように、戦前のドイツや日本で議論された事柄を過去の過ちとして切って捨てるのではなく、かといって無批判に再評価するのでもない形で、これらの言説を再検討・再構成する必要がある。ホイ氏は近著Post-Europe及びMachine and Sovereigntyに見られるように、惑星化というキーワードを軸に据えながら、現在世界が直面する諸問題を批判的に考察するための手がかりを掴み取ろうと試みている。こうした問題意識は(ホイ氏は批判的に言及しているが)ディペシュ・チャクラバルティの近年の著作とも通底すると言えるだろう(ホイ氏はチャクラバルティやその他のポストコロニアル理論に対して批判的に言及し、自身の議論をそれらとは別のものとして位置付けているが)。
世界はもはや、先進国/発展途上国、旧宗主国/旧植民地という二項対立では太刀打ちできない、複雑な状況に放り込まれてしまっている。より正確に言うならば、こうした二項対立を解消するための努力(脱植民地化)が途上のまま、惑星全体が、大きな問題の(複数の)渦に混沌としたまま併呑されようとしているのが現在の状況だ。ホイ氏とチャクラヴァルティの著作に共通しているのは、このような状況に対してどのような言説を創出すれば、有効かつ批判的に介入できるだろうか、という差し迫った問題意識である。今回のシンポジウムは、ホイ氏の提題に対して各発表者が応答し、二日間という時間をかけて濃密な議論を行うことで、多くの収穫を得ることができた。東アジアから発信するリベラルアーツという、東アジア藝文書院が掲げる理念の一つのあり方を体現した、稀有な機会であった。
※この貴重な機会を実現するために寄付くださったジョンソン・チャン氏に改めて深く御礼申し上げます。
報告者:崎濱紗奈(EAA特任助教)
写真撮影:伊野恭子(EAA学術専門職員)

