2024年9月14日(土)14時より、第36回東アジア仏典講読会をハイブリッド形式にて開催した。今回は佐久間祐惟氏(東京大学助教)と張超氏(PSL研究大学フランス高等研究実習院専任副研究員)が発表を行い、小川隆氏(駒澤大学教授)が後者の通訳を担当した。当日は対面で12名、オンラインで延べ27名が参加した。
佐久間氏は、博士論文で検討した虎関師錬(1278-1346)の著作『正修論』について、その撰述の経緯、現存の諸本、注釈書、引用出典などを紹介した。同書は師錬晩年のまとまった著作であり、その思想を知るうえで極めて重要なものであるが、学界ではまだ翻刻がなされていない。今日伝来しているのは正保年間の写本・刊本と寛文年間の刊本である。今回の講読会において佐久間氏は同書の初となる訳注資料を共有され、師錬がその執筆動機を述べた最後の章「勧通第十」と、「序因第一」・「正宗第二」を講読した。残りは次回以降で講読くださる予定である。
佐久間氏の紹介によれば、『正修論』の最古の本は近江国西教寺(天台真盛派)正教蔵の写本である。比叡山西塔の舜興(1593-1662)が書写したもので、彼の観音寺(近江国芦浦)時代に収集した天台聖教の「雑々」部に含まれている。近年、日本各地の寺院聖教調査は盛んに行なわれており、尾張国真福寺のように、各地の顕密寺院の聖教にも禅籍が数多く入っている。『正修論』の伝来もその一例であろうか。ちなみに、虎関師錬(とその著作『元亨釈書』)に関しては、日本史分野では日本中世の禅宗の政治・社会的位置付けや、顕密仏教との関係を考える重要な素材として検討されているが『正修論』は殆ど取り上げられることがない。虎関師錬という同じ人物を見るにしても、研究分野により着眼点が大きくことなることを改めて感じた。
張氏は、執筆中の博士論文を基礎とするフランス語の専著、Notes au fil du pinceau dans le bouddhisme Chan (XIIe-XIVe siècle)(中国禅門隨筆研究:十二至十四世紀)の第一章「宋代禅:宗派の展開と史伝の刷新」の一部を紹介くださった。禅林随筆研究の意義について張氏は、従来あまり注目されていなかった12~14世紀の禅林随筆を見ることで宋元禅宗史の研究に「新しい」材料を提供しうること、禅宗研究の主流と見なされてきた文献の語録・公案・灯史・「清規」に対して、禅林随筆からは禅宗文献の多様性を伺うことができ、随筆の全面的な読解により、とりわけ西洋の学界に対して中古言語学研究に対し新たな資料を提供しうると述べた。著書の本論について次回以降、ご紹介くださる予定である。
張氏は今回の発表で宋代の禅を概観したが、「清規」への評価は非常に高いと思われる。中国は宋元以後、禅宗の「清規」が寺院法の主流であり、教院や律院もそれを追随し、さらには、金・元の道教と全真教の戒律も「清規」から影響を受けたという。また、世界各地における中国禅の伝播において、各地の仏教者が宋代禅の制度や儀礼を系統的に吸収し模倣できたのは「清規」があったからという指摘もたいへん興味深かった。随筆を素材とするご著書および今後のご発表において、「清規」と随筆の役割についてどのように述べられているか、さらに知りたく思った。
報告者:黄霄龍(EAA特任研究員)