2024年8月27日、「Toiling with Tech―テクノロジーと労働―」をテーマにした国際コンファレンスが、東洋文化研究所の大会議室で開催された。主催は東洋文化研究所の中島隆博氏と田中有紀氏、さらにライン・フリードリヒ・ヴィルヘルム大学ボン(Universität Bonn, Bonn University, 以下、ボン大学)のChristiane Schäfer氏およびJan Voosholz氏が務め、テクノロジーの進展が労働に及ぼす影響について多角的な視点からの発表と議論が行われた。
基調講演は中島隆博氏による「Daoing of Technology(技術の道化)」で始まった。中島隆博氏は、道教の思想と現代技術の相互関係に着目し、「道」という概念を通して技術の役割を捉え直す試みを展開した。具体的には、道教における「自然との調和」や「無為」の思想が、現代技術の持続可能性と倫理の問題に対して新たな視点を提供する可能性について述べた。技術が人間社会に与える影響について深い考察を加え、技術の発展に伴う恩恵とリスクのバランスを見極める重要性を強調し、聴衆に新たな技術倫理の構築を促した。
次に、Alex Englander氏(ボン大学)による「Labour and Liberation(労働と解放)」の発表が行われた。Alex Englander氏は、現代の労働文化と個人の自由の関係性について考察し、特に労働が個人の時間やエネルギーをどのように拘束するかに焦点を当てた。そして、労働が制約であると同時に、社会と個人の成長の場でもある点を指摘し、新たな解放の可能性について議論した。労働と自由が共存できる社会モデルにシフトすることで、働き方の改善と個人の幸福追求の両立が可能であると主張し、聴衆に深い共感を呼んだ。
続いて、Christiane Schäfer氏(ボン大学)による「AI as Topos of Work(労働の場(トポス)としてのAI)」では、人工知能(AI)が労働の場としてどのような位置を占めるかについて論じられた。Christiane Schäfer氏は、AIが単なる効率化ツールに留まらず、労働と創造の場として人間の労働の役割を再定義していると説明した。AIが持つ生産性の向上や創造性の可能性を評価しつつ、人間の協働と共存の視点から新しい技術パラダイムを模索する姿勢が強調された。
また、David Zapero氏(ボン大学)は「Humanism and the Infosphere(ヒューマニズムとインフォスフィア)」と題して、デジタル環境(インフォスフィア)における人間の価値観や倫理的な責任について講演した。デジタル時代において人間の相互作用や自己認識にどのような影響が生じているかを考察し、技術の発展が人間の本質的な価値といかに調和するかが問われた。特に、デジタル化が加速する現代社会において、人間主義の原則に基づく倫理的な対応が不可欠であるとし、インフォスフィアにおける新たな人間の在り方に対する視座が示された。
Chelsea Haramia氏(ボン大学)による「Only Roses: Transformative Experience and Life without Labor(ただ薔薇だけ:変革的な経験と労働のない生活)」の講演では、従来の労働を必要としない社会の可能性についての洞察が語られた。Chelsea Haramia氏は、労働がない世界における人間の目的意識やアイデンティティの形成について考察し、新たな満足感や意味を見出すための変革的な経験に焦点を当てた。この講演は、従来の「仕事」に依存しない人生の意義を探るもので、社会のあり方についての思索を促した。
Wakanyi Hoffman氏(The New Institute, Hamburg)による「Ubuntu 2.0: A Compatible Hybrid Intelligence for Human and Machine Co-Living(Ubuntu 2.0:人間と機械の共生のための互換性のあるハイブリッドインテリジェンス)」では、アフリカ哲学の「Ubuntu」の思想に基づき、人間とAIの共生のビジョンが語られた。Wakanyi Hoffman氏は、「Ubuntu 2.0」を通じて、AIと人間が協働する未来社会を描き、共感と効率性を兼ね備えたインテリジェンスを育むことで、双方が相互利益を享受できる共存モデルの必要性を説いた。この考えは、共同体と相互関係の視点から、今後の技術の進化に対応する新たな倫理を提案するものであった。
最後に、田中有紀氏による「The Philosophy of Technology as Ritual in Premodern China(古代中国における儀式としての技術の哲学)」では、古代中国の文化的・精神的実践の中で、技術がいかに社会的・宗教的な儀式と結びついていたかが論じられた。田中有紀氏は、前近代中国の社会において、技術が単なる生産手段ではなく、倫理と道徳の一部としての役割を持っていた点を強調した。この視点により、技術と人間の関わり方に対する新しい理解が得られることを示唆した。
今回の「Toiling with Tech—テクノロジーと労働—」コンファレンスは、テクノロジーが労働の形態や社会の価値観に与える影響について多岐にわたる議論が展開され、テクノロジーと人間の共生の可能性について新たな視点を提示した。技術が単なる道具としてではなく、社会や文化、個人の倫理にまで影響を及ぼす現代において、技術の倫理的な在り方に対する多面的な理解が求められている。今回の議論は、現代社会が抱える課題に対応し、技術と労働が調和する未来の方向性を示唆するものであり、さらなる検討が期待される。
報告者:伊丹(EAA特任研究員)