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2024.09.06

【報告】台湾で「共生」を考える

People

 すでに石井剛氏と鈴木将久氏が報告した通り、この夏に高雄で「天下秩序と共生哲学」シンポジウムが開催された。台湾で「共生」を考える場合は、「原住民との共生」が避けて通れない課題だと確信している。日本ではアイヌだけが「先住民族」(indigenus people)として認定されているが、台湾では十六の「原住民族」が認定されている。日本語では「原住民」という言葉は差別用語であるが、中国語では「先住」という言葉は昔住んでおり、今はもう住んでいないというニュアンスがある。そのため、過去・現在・未来もずっとその土地に住んでいるという意味をもつ「原住」という言葉が台湾では定着している。

 2018年の夏、はじめて台湾の東海岸へ行ってきた。花蓮県の北部に「吉安郷」という場所があり、日本統治時代には「吉野村」と名付けられた開拓村だった。しかし、もともと先住民のアミ族が住んでおり、「チカソワン=薪の多い場所」という意味の地名で、漢字で書くと「七脚川」である。1908年にアミ族と旧日本軍との間に衝突が起き、数百人規模の死者が出た、いわゆる「七脚川事件」があった場所である。大変厳しい時代を生き抜いたアミ族の現在の人口は約20万であり、台湾最大の「原住民族」である。また、花蓮県に太魯閣(タロコ)渓谷という観光名所があり、今年4月に起きた台湾東部沖地震で深刻な被害が出たが、ここはかつてタロコ族が多く住んでいた場所である。

 2023年の秋、ツォウ族(鄒族)の人々が暮らす阿里山の「楽野部落」を訪れた。テレサ・テンが歌う「高山青」という名曲は、阿里山の山、水、そして阿里山の男女の美しい姿を賛美する歌であるが、これはほかならぬ漢人による原住民族への幻想だと思った。台湾の原住民族は中国大陸の漢民族ではなく、ポリネシアの人々に近い。漢字名をもつ原住民族の人々(漢字名の登録は強制的だった)にとって、漢字文化圏が彼らの本来のアイデンティティではないはずである。

 和辻哲郎の「風土」という概念は、英語では「climate(気候)」と誤訳されているが、「気候変動(climate change)」と「風土変動(fudo change)」は微妙に違うものである。前者は地球温暖化と海面上昇などの問題であり、阿里山でも「気候変動」のせいで、原住民族の祭祀に欠かせない「金草蘭」という神花がうまく育たず、重要な収入源である「春筍」という山菜もなかなか取れない。後者は戦争や災害で文化が変わることを意味している。楽野部落でもこの「風土変動」が起こっている。実は、多くのカエデの木は茶園を造成するために伐採され、約30年ほど前にほとんどなくなってしまった。ちなみに、ほとんどの茶園は漢人によって経営されており、茶摘みという体力労働は主に外国人労働者が担っている。じっさい、茶畑の所々に空のペットボトルや弁当箱が捨てられており、複雑な気持ちになった。平地の人間は山への憧れがあるかもしれないが、山での暮らしは決して楽なものではない。

 私の発表のあと、あるスタッフから『強制移住:台湾高山原住民的分與離』という本を勧められた。高い山は青いが、原住民族への理解はまだ足りていないと痛感した。ポルトガル人の航海者が絶賛した「フォルモサ=美しい島」は、神々しい山群があるところだけではなく、生き生きとした原住民族が暮らしていた場所でもあった。これからもさまざまな現場で「原住民との共生」について考えていきたい。

張政遠(総合文化研究科教授)