ブログ
2023.12.27

【報告】王中江『自然と人』書評会

 2023126日(水)の午後、『自然と人』書評会が駒場キャンパス101号館のEAAセミナー室で開催された。書評の対象となる『自然と人——近代中国における二つの思想の系譜の研究』(馬場公彦監訳、葛奇蹊・佐藤由隆訳、三元社、2023年)は、中国哲学・思想史を専門とする王中江氏(北京大学)の中国語著書『自然和人:近代中国两个观念的谱系探微』(商務印書館、2018年)を日本語に翻訳した、700頁を超えた重厚な本である。本書評会は著者の王中江氏と3名のコメンテーターを迎え、「自然」をはじめとする中国思想のいくつか重要な概念をめぐって東西の知見を踏まえながら議論を交わした。建部良平氏(東京大学)が通訳を担当し、郭馳洋氏(EAA特任研究員)が司会を務めた。

 1人目のコメンテーター石井剛氏(EAA院長)はアメリカ留学経験のある胡適、金岳霖、馮友蘭が西洋の”nature”概念を媒介に老荘思想や「天人合一」思想を再把握したという興味深い事実を指摘した。そして1950年代〜70年代の社会主義哲学の位置づけ、マルクス主義における「自然」理解、章炳麟の「自然」批判などについて質問した。
 2人目のコメンテーター伊達聖伸氏(東京大学)は西洋と日本における「自然」概念の内実を整理しながら、現在の中国における「自然」と「人」をめぐる議論の状況、「自然」の両義性について質問した。さらに本書の内容を「宗教と世俗」という問題系に結びつけ、『自然と人』は宗教と世俗に関する書物でもあるとした。さらに、近代中国における「世俗」「俗」「聖」といった宗教=religion関連用語がどう捉えられたかという問題を提起した。
 3人目のコメンテーター張煒氏(通訳者)は近代中国におけるマルクス主義受容の問題に注目し、清代考証学との関連性を指摘しつつ、思想受容に関わる「翻訳」の問題に言及した。その上で、マルクス主義受容の(進化論以外の)思想的基盤、近代以前の中国における西洋思想の影響、翻訳を通じた知の流通過程について問いを投げかけた。

(左から:石井氏、伊達氏、張氏)

 その後、王氏からは詳細な応答がなされていた。以下、一部の要点を掲げる。王氏によれば、本書は意図的に1950年代から1980年代に関する記述を控えた。というのは、その時期の中国哲学は「自然」を完全に単一・均質・客観的なものとして、単なる改造の対象に還元していたからだ。そこでは「山水」も美学的に鑑賞する対象になりえなかった。しかし「自然」には(例えば「人心の自然」のように)より多様なベクトルがあるという。中国における「俗」概念は習慣化・安定化したものを指すが、近代以降のそれが肉体・欲望の合理化・拡大化、そして人間の能動性の拡張に結びついた。今日は行き過ぎた世俗化と工業化による環境破壊が問題になり、環境・生態を重んじるという意味で「天人合一」思想がまた注目されはじめている。また、マルクス主義が広く受容された理由の一つは「平等」とくに「経済的平等」の理念が当時の人々の心を掴んだことであるとした。「翻訳」に関しては、唐代において仏典の翻訳が盛んに行われ、そこでも言語能力よりもむしろ訳文の文章スタイルが重要な問題となっていたと指摘した。

(著者の王氏と通訳の建部氏)

 報告者には、近代中国における機械論的な自然観と人文的な自然観の対立およびそれに基づいた東西文明二元論は実は西洋思想内部の対立と切り離せない関係にあった、という本書の指摘がとくに興味深く思えた。この事実を自覚してはじめて世界哲学としての近代中国哲学を語ることができるのではないだろうか。

報告:郭馳洋(EAA特任研究員)
写真:ニコロヴァ・ヴィクトリヤ(EAAリサーチ・アシスタント)