※本ワークショップは中国語で行われた。中国語版のブログ報告はこちら
2023年10月3日(火)の午後、EAAワークショップが東京大学駒場キャンパス101号館EAAセミナー室で開催された。孫飛宇氏(北京大学・元培学院副院長)と章永楽氏(北京大学)が発表し、田中有紀氏(東京大学)と張政遠氏(東京大学)がコメントを担当した。石井剛氏(東京大学・EAA院長)が司会を務めた。本ワークショップは中国語で行われた。
前半において、孫飛宇氏が「无家可归的孤儿与作为天职的科学:韦伯科学观中的精神气质问题」(Homeless Orphan and Science as a Vocation: Ethos of Science in Max Weber’s Thoughts)と題する発表を行なった。孫氏はレオ・シュトラウス(Leo Strauss)のヴェーバー批判における「帰る家のない孤児」というイメージを手がかりに、マックス・ヴェーバー(Max Weber, 1864-1920)のプロテスタント研究を分析することによって、ヴェーバーの「職業としての学問/科学」(Wissenschaft als Beruf)論とプロテスタント的なエートスの根本的な共通性を明らかにし、ヴェーバーのいう科学研究が実は宗教的情熱を前提としていることを指摘した。その上で、中国文化における「家」の位置づけおよびその背後にある世界観・人間観(天人合一)と比較し、中国の精神的な伝統がヴェーバー的な意味での科学と親和性が乏しいと論じた。
孫氏の発表に対して、田中有紀氏はまず東西における十二平均律理論の成立とその思想的背景を確認し、西洋社会と中国社会には二種類の倫理的理性化があったとした。その上で「帰る家がない」ということと技術の関係、中国思想における「内在的超越」と「帰る家のない孤児」の関連性、東アジアの大学・書院の目指すべきものについて質問した。
後半では、章永楽氏が「『当中国皇帝占领巴黎……』:托克维尔的『帝国理由』与二十世纪中国道路之辩论」(When the Chinese Emperor Occupies Paris …. ”Tocqueville’s “Raison d’empire” and the Debate on the China Path in the Twentieth Century)と題する発表を行なった。章氏は、冷戦時代における「英米経験論」対「大陸理性主義」という二分法(ハイエク)およびフランス革命と中国革命の類比を問題視した。そしてこの問題意識から、『アメリカのデモクラシー』(De la démocratie en Amérique)で知られるトクヴィル(Tocqueville, 1805-1859)に注目し、その植民地論と中国観を紹介した。章氏は、フランス革命は宗主国での革命であって植民地が宗主国に反旗を翻すような革命ではないこと、近代中国の状況はフランスよりもむしろその植民地アルジェリアに近いこと、トクヴィルは植民地民衆の「自由」の実現にあまり関心がなかったことを指摘した。
章氏の発表に対して、張政遠氏は1944年12月の月刊誌『アトランティック』に掲載されたサルトルの論考Paris alive: The Republic of Silenceを取り上げ、戦争・占領・植民支配という三つの異なる状態下にある「自由」の捉え方に着目し、さらに香港における植民地問題とも関連づけた。
その後の議論において、石井剛氏は現代社会における「家庭」の意義、理性化に対する感情・親密性という視点について問題提起し、王欽氏はヘーゲルの「主人と奴隷の弁証法」を引き合いに出し、トクヴィル的な自由とそうでない自由との違いを指摘した。本ワークショップではヴェーバーとトクヴィルを切り口に、近代的文脈における宗教と家の関係、植民地における「自由」、中国と西洋の文化および歴史的経験の比較などについて示唆に富んだ論点が提起されたといえよう。
報告:郭馳洋(EAA特任研究員)
写真:髙山花子(EAA特任助教)