2023年5月28日(日)9:30から東京大学本郷キャンパス文学部にて、哲学系諸学会国際連合(FISP)の公開シンポジウム「世界哲学と世界の危機 World Philosophy and World Crises」が開かれた。
1大教室で、納富信留氏(東京大学)の司会により、日本学術振興会の野家啓一氏(東北大学名誉教授)、EAA学術顧問の中島隆博氏(東京大学)より挨拶が述べられ、コロナによって途絶していた交流が五月の東京で再開したことが祝福された。その後、橋本典子氏の司会により、FISP会長のLuca Maria Scarantino氏(FISP会長)と一ノ瀬正樹氏(東京大学名誉教授)より基調講演がなされ、それぞれ民主主義国家をめぐって哲学が社会に貢献できることはなにか、死者に対する倫理的思慮の可能性について語られた。つづいて荒谷大輔氏(慶應義塾大学)の司会により「危機に際して」というテーマで第1セッションが行われ、Maria Baghramian氏(アイルランド国立大学ダブリン校)、Joao Vila-Cha氏(グレゴリアン大学)、Stelios Virvidakis氏(アテネ大学)から、それぞれ信について、パーソンについて、生き方について、発表がなされた。2番目のセッションは「世界を再考する」というテーマで、中野裕考氏(お茶の水大学)の司会により、Peter Jonkers氏(ティルブルフ大学)、Riccardo Pozzo氏が、それぞれ多元論におけるコモン・ヴァリューの複雑さについて、食糧危機について考察した。最後の3番目のセッションは「多様性と環境」をテーマとし、長坂真澄氏(早稲田大学)の司会により、Sigríður Þorgeirsdóttir氏(ローマ・トルヴェルガタ大学)が批判的思考の教育について、Stella Villarmea氏(オクスフォード大学)が誕生の哲学について、河野哲也氏(立教大学)が環境危機と人口統制について、発表を行なった。全体として「危機」を具体的な現実問題に分割した上で、哲学がどのように現実に働きかけることができるのか、専門の立場から思考を練り上げようとする姿勢が印象に残った。ディスカッションの時間がいくらあっても足りない様子からは、開会の際に、Scarantino氏がかつての今道友信氏や佐々木健一氏との思い出をあざやかに述べていたように、長年の信頼関係によって言葉の往還が支えられていることが伺われた。
報告:髙山花子(EAA特任助教)
2大教室にて、次のようなセッションが行われた。まず「民主主義と社会」というテーマのもとで、人種差別主義に関して、科学的生物的な規定ではなく、社会的文化的構造における産物であるという性質のゆえ、その問題がすべて道徳問題に収斂することができないことが明らかにされた(Gerhard Seel氏, University of Bern)。また民主主義に関して、ウィトゲンシュタインの生活形式論(forms of life)を用いて、軍国主義的形態や宗教的形態との比較によって論じられ(Anat Biletzki氏, Tel Aviv University and Quinnipiac University in Hamden, CT)、さらに今日の危機に立ち向かって、道徳哲学の理論と実践を橋かける役割や適用性が検討された(Giovanni Scarafile氏, University of Pisa)。
続いて、「哲学を再考する」というセッションでは、環境社会主義の視点から、脱成長の問題について資本主義の介入の有無によって問いかけられた(Yu-Suk Suh氏, Howon University)。また日本近代哲学は主題化され、その成立した起点を、西周に遡り丁寧に考察された(上原麻有子氏、京都大学)。
最後に「世界哲学」セッションでは、約60年前にサルトルが提起されたパブリック・インテレクチュアルとしての哲学者の問題が、現在の世界において再考された(Jacob Dahl Rendtorff氏, Roskilde University)。他方で、問題の解決には、別のルート、すなわち「柔」(しなやかさ、柔軟さ)という概念が注目され、儒道思想を含め多くの中国古典の言説が再構成された(Robin R. Wang氏, Loyola Marymount University)。また「対話」というキーワードを通じて、「世界哲学」プロジェクトに真正面から携われる可能性や、それによって新たに創出された哲学的風景が述べられた(納富信留氏、東京大学)。
大会全体の締めくくりとして、最終的に橋本典子氏(青山学院女子短期大学、FISP副会長)は間主観性と間客観性という題で、Chat GPTやパンデミック時代のマスク現象に注目し、現実世界と非現実的世界との関係の変動にしたがい従来の哲学的思考を刷新しようとした。
報告:丁乙(EAA特任研究員)