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2023.04.13

【報告】2023 Sセメスター 第1回学術フロンティア講義

2023年47日、学術フロンティア講義「30年後の世界へ――空気はいかに価値化されるべきか」の第1回がオンラインで行われた。ガイダンスとなる初回では、本年度のテーマの説明と各回の担当講師の紹介が行われた。

まず前半では、野澤俊太郎氏(総合文化研究科)を迎え、今回のテーマの解説から始めた。われわれの生きている時代が人新世といわれて既に久しい。それはつまり、人間の活動がかつてない形で地球全体に影響を及ぼし、敏感な生態系のバランスを脅かしている時代のことである。そんな現状を踏まえて本年度の講義では、「空気」と「価値」という概念を取り上げ、その関係性を再考する。しかしこの試みは、気候変動の問題がそうであるように、既存の専門分野の知識のみでは到底達成できないと思われる。そこで必要とされるのはある種の新しい学問であり、またそれを担う新しい人材の育成である。駒場キャンパスで実施される教養教育の意義も、そしてEAAが掲げる新しいリベラルアーツのポテンシャルも、真にここに潜んでいるのだろう。

価値といえば貨幣的価値を連想する人もいるだろうが、地球共通の資源である空気には貨幣的価値を付けるべきとは考えられないと、講義のコーディネーターを務める石井剛氏(EAA院長)が強調して述べた。むしろ考えるべきなのは、いわゆる「非価値の価値」だという。また、氏は次のような言葉も投げかけた。空気とは根本的に、何かと何かを結び付けるモノとして存在する。ところが、3年前にパンデミックに直面したとき、われわれは一気に壁を立ててしまい、空気を大きく分断させてしまったのではないか。昨今の世界情勢の変化、即ち戦争や緊張感の高まる国際関係は、果たしてこのこととは無関係だったのだろうか。この重い問いかけが示唆するように、物質的な空気のみではなく、多様な関係性の「場」となる空気の意義もわれわれは考えなければならない。

複雑で緊急性の高い問題に対して、概念を扱うアカデミアには何ができるのか。報告者は、昨年日本語訳が出版された、人類学者デヴィッド・グレーバーの著書を思い浮かべる(『価値論――人類学からの総合的視座の構築』以文社、2022年)。独特な価値論を展開するグレーバーは、自身の営みを「人道的な社会科学を想像し始める試み」と呼ぶのである。全人類が共有する「空気」と「価値」の問題を前に、如何に物事を考え、また如何に地球に向けられた自由な想像力を発揮するのか、学術フロンティア講義では、今年度も登壇者と学生の間に様々な「始まり」が生じるだろう。

報告者:ニコロヴァ・ヴィクトリヤ(EAAリサーチ・アシスタント)

リアクション・ペーパーからの抜粋
(1)空気の価値化という観点を初めて知り、確かに空気が直接売買されることはないのだと思い、同時に、(例えばダイキンの)空気清浄機のような間接的に空気に価値を与えビジネスとしていることもあるのだと感じました。間接的な空気の売買もまた資本主義のもとでの、共通資本になっていると思いましたが、なぜそれは問題が生じないのか、疑問に思いました。その解決のためには、空気という資本の正体が、定義がまだまだ曖昧な部分が多く、明瞭化していくことが必要になってくるのではないかと感じました。(教養学部・後期課程)

(2)今回授業を受けてふと気づき、衝撃を受けたことがあります。私を含むいわゆる「Z世代」がかつて気候変動の世代と認識されていたことが自分の思考からすっぽりと抜け落ちていたことを自覚したからです。思い返すと、2022年2月のロシアによるウクライナ侵略以来、世界が「戦争のムード」に覆い尽くされ、気候変動問題が後景化/矮小化しているように思います。とはいえ、気候変動は喫緊の課題であることは否定のしようもない事実です。どうすれば、戦争のムードのなかで、それにかき消されずに気候変動の危機を訴えていけるのでしょうか?今学期を通じて、先生方の謦咳に接して、そして書物を読み考えて、気候変動に向き合っていきたいです。(教養学部・3年)