2023年1月27日(金)の午後、大田英昭『日本社会主義思想史序説』書評会は対面(EAAセミナー室)とオンラインのハイブリッドで開催された。本書評会では大田英昭氏(中国・東北師範大学)の新刊『日本社会主義思想史序説:明治国家への対抗構想』(日本評論社、2021年)の内容をめぐって、著者の大田氏を迎え、3人のコメンテーターとともに多角的な視点から議論が交わされた。石井剛氏(EAA副院長)が司会を務めた。
まず、日本近代思想史とりわけ社会主義思想・運動の研究に携わってきた大田氏が自身の問題関心および本書の要点について話した。大田氏は東京大学大学院総合文化研究科で博士課程を修了後、中国に渡り、吉林省の省都長春にある東北師範大学で長年教鞭をとってきた。その代表的な成果として2013年刊行の『日本社会民主主義の形成:片山潜とその時代』(日本評論社)がまず挙げられる。大田氏によれば、中国在住の経験、とくに旧満洲国の首都でもあった長春での滞在経験は自身の研究に二つ大きな変化をもたらした。一つは「あるべき社会主義」の追求だけでなく現存する様々な社会主義の形態を歴史的に考察するようになったこと、もう一つは帝国主義批判の観点から社会主義と帝国主義の関係に関心をもちはじめたことであるという。こうした問題意識のもとで行われた氏の研究が2冊目の単著、すなわち今回の書評対象となる『日本社会主義思想史序説』に結実したのである。本書のテーマは大きく1.日本における社会主義概念の形成、2.キリスト教と社会主義の関係、3.社会主義の思想としての形成、4.帝国主義と社会主義の関係、という四つに分かれる。大田氏はこのような社会主義を対象にした研究の意義について、21世紀のグローバル資本主義の行き詰まりが顕著化し、かつての帝国主義的な侵略を彷彿させるような出来事が現に起きている今日において、資本主義を批判する社会主義の思想・運動の歴史が多くの示唆を与えるし、120年前の日本における帝国主義批判の言説を振り返ることも決して無意味ではないと語った。
続いて、1人目のコメンテーター木村政樹(東海大学)は本書の研究方法と丸山眞男・丸山学派の概念史研究やフーコーの考古学的なアプローチとの関連性、思想史研究における「文学」「遊戯」の捉え方、歴史叙述と記憶問題の重要性をめぐって問題提起した。2人目のコメンテーター斎藤幸平(東京大学)は社会主義が日本で受容された当初に強い反発を受けた原因、明治期のキリスト教系社会主義論と非戦論の位置づけと今日的意義、社会主義運動と帝国主義・「帝国型生活様式」との関係について質問した。3人目のコメンテーター郭馳洋(EAA特任研究員)は明治期の社会主義批判における「差別即平等」という論理、社会主義からの親密性構築の可能性、ジェンダー問題との関連、本書における「明治国家」の意味合いについてコメントを述べた。その後の総合討論では、大田氏からそれぞれのコメントに対する応答がなされた。
社会主義をめぐる重厚で濃密な議論が行われていた本書評会はあっという間に2時間を過ぎた。19世紀以来の社会主義が辿ってきた道、その光と影をともに把握することは、グローバル資本主義の臨界点を迎えつつある現在においてよりよい未来を構想するために怠ってはならない知的作業であり、そこに本書のアクチュアリティがあると思う。最後に、本書評会における大田氏の発言で引用されたクローチェ(Benedetto Croce)の言葉をもってこの報告を締め括りたい。
「すべての歴史は現代史である。」
報告:郭馳洋(EAA特任研究員)
写真撮影:渡辺理恵(EAA学術専門職員)