2022年7月27日(水)、「現代中国の思想状況を知る」シリーズ第1回がZOOMにて開催された。本シリーズは現在の中国で活躍する学者との対話を通じて、中国の思想状況を知り、世界の未来に対する想像を広げる試みである。今回は政治哲学者の劉擎氏(華東師範大学)を講演者に迎え、天下思想と「新世界主義」をめぐって議論した。石井剛氏(EAA副院長)が司会を務めた。
まず石井氏は企画の趣旨を説明し、劉氏の「新世界主義」の論点を紹介した上で、同心円主義批判、関係性・遭遇論と国民国家の関係、毛沢東の革命における国際主義と世界主義の意義および「人民」概念について問題を提起した。それを受けて、劉氏の講演は新世界主義の問題意識と可能性を改めて述べ、石井氏の質問にも応答したものである。
劉氏の根本的な関心は、19世紀に形成して長い間自明視されてきた国民国家(nation-state)というシステムがなぜ乗り越えられねばならぬか、それがいかに可能になるか、というところにある。劉氏によれば、そもそも近代以来、純粋な在地性はもはや成り立たなくなり、いまは特殊的個別的なニーズに応えるにも、国民国家の範囲内に止まってはならず、トランスナショナルな秩序とグローバルな視点が必要となる。つまり世界の相互依存性、世界秩序と個人の生活との連動はすでに基本的な事実になっており、その上、人間が普遍的に平等であるという当為それ自体は広く承認されている事実としてあるという。劉氏からすれば、国民国家的な秩序が破綻しつつある今日においてこそ、世界主義の観点から世界を新たに構想しなくてはならない。そこで劉氏は近年もてはやされている「帝国」や「天下」概念と距離を置きつつ、中国の伝統(儒教)に潜む、ナショナリズムを克服しうる世界主義的な要素に目を向けた。いずれにしても、人々が日常生活で世界市民として自覚することがworld societyを実現する条件であるという。
その後の質疑応答では中島隆博氏(EAA院長)、王欽氏(東京大学)、鈴木将久氏(東京大学)、柳幹康氏(東京大学)から質問・コメントが寄せられ、劉氏が逐一回答した。
ちなみに、議論では地域・血縁・民族を相対化する階級意識の可能性が言及された。およそ階級意識は階級間の対立関係を前提とするもので、変革を引き起こすその力もこの対立性に負うところが大きい。では新世界主義も(必ずしも階級意識をそのまま援用しないにせよ)何らかの対立性を必要とするのか、それとも対立性もしくは外部性を想定せずに済むのか。これは個人的に気になった点である。
報告:郭馳洋(EAA特任研究員)