2021年12月17日、第2回EAA「民俗学×哲学」研究会がオンライン上で開催された。今回は「トランスユーラシアの言語拡散と東北アジアの農耕民移住――「三角測量」の死角と民俗学の視点」と題し、張政遠氏(東京大学)による2021年11月の『ネイチャー』論文精読と人文学的な問題提起が行われた。報告において取り上げられた論文「Triangulation supports agricultural spread of the Transeurasian languages」はマーティン・ロベーツ(Martine Robbeets)氏ら各国研究者の連携チームによる共著論文である(Nature https://www.nature.com/articles/s41586-021-04108-8)。発表後、同論文は日本のみならず各国メディアによって日本語・韓国語の起源確定として報道された。またDNA分析に宮古島・長墓遺跡出土の人骨が用いられたことから、先島諸島の先史人の北方的起源を示すものとしても報道が行われた。
論文タイトルにある通り、共著者らは歴史言語学、考古学、遺伝学の3つの分野からの「三角測量(Triangulation)」を試みている。しかし各技法の三測量点は必ずしも均等ではなく、言語学・考古学・遺伝学の順に分析に用いられたデータセットのサンプル数が少ない。ゆえに論文共著者からの、「沖縄本島と先島の出土品の違いが、本島と宮古島の間に断裂があったことを示している。長墓遺跡一つの結果で宮古先史人が北方由来と断定することはできない。八重山を含む多くの遺跡でDNA鑑定が必要だろう」(宮古新報 http://miyakoshinpo.com/news.cgi?no=25338&continue=on)といった見解も存在していることが張氏からは紹介された。いくつかの争論のありうる点をふまえ、張氏からは民俗学の諸論か
張氏の報告を受け、コメンテーターの佐藤麻貴氏(EAA特任准教授)からは、古代史家・平野邦雄氏(1923年~2014年)の晩年のご記憶を交えながらお話していただいた。佐藤氏によると、平野氏はマレーからの海上ルートの実験考古学的な検証に最晩年にあってなお留意しておられ、強く多面的検証について言及しておられたという。重ねて佐藤氏からは、元来複数的なルーツをもつ社会のありかたに境界線を設けていったのが明治以降の近代主義的国家建設であったのではないか、柳田國男的な問いに改めて彼とことなるやり方をもって広く人文諸学がアプローチすべきではないか、といった指摘が行われた。司会の山泰幸氏(関西学院大学)からも、自然科学的研究の発信側と、その研究の言説を受信する側の関係性そのものが一つの民俗学的分析の対象となりうるのではないか、との指摘が行われた。そうした対象の分析からは、柳田による物質・言語・心意の民俗資料の三類型に立ち戻りつつ、南方にルーツを求めようとする日本的「心意」のあり方といかに向き合うかの長期的な問題構成もありえようという。
本サイトの過去の報告でも何度か紹介されているように、張氏は現象学から研究キャリアをスタートされ、西田幾多郎研究を経て現在幅広い思索を展開しておられる。報告者の全く個人的な所感であるが、張氏の「巡礼」および民俗学への接近の道筋を改めて本人からお伺いできたことは、同氏の多方面の活動を改めて理解するよすがとなるものであった。いわゆる民俗学と、それに連なる思想が、「民族」
報告者:前野清太朗(EAA特任助教)