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2021.07.15

【報告】2021 Sセメスター 第12回学術フロンティア講義

2021年7月2日(金)、第12回学術フロンティア講義がオンラインで開催された。今回の講師は比較文学を専門とする王欽氏(総合文化研究科)で、テーマは「私たちの憲法“無感覚”――竹内好を手掛かりとして」であった。

王氏は冒頭で、今日の日本において改憲派、護憲派両方の言説と彼らを批判する言説がともに陳腐化していると指摘した。そして、一般民衆の憲法に対する感覚は薄れつつある。それゆえ、考え直すべきは平和憲法を守ろうとするとき、我々は一体何を守るべきかという問いである。そこで、王氏は、竹内好が安保闘争の最中で発表した一連の論文に注目する。
竹内の議論の中心には一種の「違和感」があると王氏は主張した。それは、戦前帝国主義の国家原則のもとで教育を受けて人格を形作った民衆は、新しい憲法が意味する人類の普遍の原理をたとえ自分で伝えようとしても、彼らの手元にある伝達の手段は帝国主義のイデオロギー的なものしかなかったためである。さらに、このことは改憲派のいう憲法の「外来性」ともつながっている。竹内も憲法の「翻訳調」に不満を抱えていたが、あえて憲法を守る立場を取っていた。なぜならば、彼にとって一番重要なのは戦後の憲法を既存の価値として受け入れることではなく、現実の闘争を経験するなかで憲法というテキストを主体化することであったためだ。竹内本人も積極的に参加した1960年前後の安保闘争はまさにこのような闘争の一つである。

王氏によると、安保闘争の特徴は二つある。一つは、様々な民衆が多様な形で政治に関与すること。民衆は垂直的な連盟の代わりに水平的な国民連合を組織した。もう一つは、闘争に参加した民衆は不平等な力関係を自分が強くなる条件に変えること。そのため、憲法は闘争を通して一般民衆に根を下ろして、内在化され、主体化された。一旦民衆に受けいれられたら、憲法は単なるテキストではなく、もはや自分なりの生命を持つようになり、民衆の未来とつながっている。

こうした議論をふまえた結論として、王氏は、我々は起草者たちの意図を守るのではなく、憲法の未来やポテンシャルを守らなければならないとまとめられた。
最後の質疑応答では、「国民」と「民衆」の区別やこれから憲法の自己更新の可能性などをめぐり、活発な議論が交わされた。

 黄 秋源(EAAリサーチ・アシスタント)

リアクション・ペーパーからの抜粋
(1)憲法に関する竹内好の考察は非常に興味深いものでした。私はそもそも竹内好は魯迅の作品の翻訳者としての側面しか知らなかったので、驚きました。竹内好は戦前から生きていて、しかも安保闘争を経験しているという点で、私のような平成生まれの若者とは大いに異なる感性を持っていると言わざるを得ません。とはいえ竹内は他の民衆よりもはるかに深い視点を持っていたとは思います。彼の営みを踏まえたうえで、今を生きる若者としての私たちがどのように憲法とかかわっていくかというのは、一生の課題となることでしょう。(文科3類・1年)
(2)授業後「私たちの憲法感覚」を読みました。60年前の当時の時代背景としては、竹内自身をはじめとして大日本帝国憲法世代が中心であり、「よそよそしさ」が支配的であったことが感じられました。だからこそ当時の安保闘争は、まさに憲法を「自分たちのもの」にするためのムーブメントであったのだと思います。翻って、現代はどうでしょうか。戦後世代が大多数を占め、憲法に対して「よそよそしさ」とは異なる状況です。しかし、低投票率に代表されるような「政治離れ」ともいわれる状況で、憲法は身近な存在ですと自信を持っていえる雰囲気はないと感じます。(憲法の内在化、主体化、民族化を是認したうえで、)どのように憲法に接近すればよいのか。講義の最後に「闘争」という表現が使われていましたが、「理想」ではあるものの、今すぐ「闘争」を目指すのは適切な手段ではないと感じます。むしろ、「政治離れ」のような「観察者」的な態度を改める必要があるのではないか、と思います。憲法であれ政治であれ「自分事」としていくのが出発点になると思います。(教養学部・3年)
(3)デモというと以前は大人数が集まって行うという印象があったが、近年見られる傾向として、ネット上での政治運動が広がっている。しかしこの場合の政治運動では身体性を獲得しうるか。実世界で行っていたものがバーチャル空間上で行われるようになったという見方をすれば、身体性を獲得しうることになるだろう。街をぶらぶら歩いていてなんとなくデモ隊に加わることと、ネットサーフィンをしていてなんとなく見た投稿にいいねをすることとに本質的な違いはないように思われる。逆に違うところをあげるとすると、物理的な接触があるかないか、また、一時的なものか半永久的に残るものかという具合である。憲法のポテンシャルを守るという目的においては、その連帯性に関係する性質上、ネット上での活動というのは今までのデモを遥かに上回る効果が見込まれると考えられる。(理科一類2年)