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2020.11.11

10/2-10/9 教養学部・全学自由研究ゼミ「人文-社会科学のアカデミックフィールドを体験する」セッション1

2020年AセメスターよりEAAでは新たな3つの講義を開講した(記事リンク:https://www.eaa.c.u-tokyo.ac.jp/ja/2020/09/16/3636/ )。このうち講義「人文-社会科学のアカデミックフィールドを体験する」は、教養学部前期課程の「全学自由研究ゼミナール」として開講された。

この授業は、報告者の前野清太朗(EAA特任助教)と中村長史氏(教養学部附属教養教育高度化機構特任助教)が新しい形式の授業をめぐって行ったディスカッションから構想がすすめられ立ち上げられた。何度かの打ち合わせのなかで、中村氏のアクティブラーニング型授業の実践歴と前野の大学院ゼミでの経験をミックスしながら、いくつかの授業アイデアが練られた。その主なものを挙げると、

1. オムニバス形式をとりつつも、講師からのレクチャーに対する学生からの応答としてのディスカッション時間をとるため、2週セットの「セッション」を組む。
2. 「ゼミ」的な議論空間で研究がつくられる現場(フィールド)を専門課程への進学前の学部1~2年制の学生へ体験してもらう。
3. ディスカッションで受講者間の相互の議論を促すため、受講学生が自ら司会進行兼議論の交通整理役(ファシリテーター)となって、「ゼミ」を擬似的に動かすファシリテーターシステムをとる。

というような着想であった。以上の工夫を授業構成へ取り入れて、受講者へ「ゼミ」で議論を行う本質的な楽しさを知ってもらうことをこの授業は最終的にめざしている。

今年度は6つの人文-社会科学のトピックそれぞれについて大学院生・ポスドクのゲストを迎えた6つのセッションを1セメスターで実施の予定である。最初のセッション(10/2と10/9)は前野がレクチャーを担当した。

第1セッションのトピックは「大伝統と小伝統」である。レクチャーからは現代の国際社会にあって問題化しつつある文化とその継承の問題について、受講生それぞれがもつ具体例に即して議論してもらうことを試みた。前野が農村社会学の研究者としてこれまで行ってきた台湾・中国でのフィールドワークの事例を随時引きながら、社会科学的研究への「伝統」概念の導入について解説した。孤立社会、「未開」が残ったヒトビトの文化をとらえようとしてきた古典的人類学研究が、1950年代ころよりインド・中国・中南米諸国の「発展した」社会でヒトビトの生をとらえようと試みるようになった。この潮流のもとで出現してきたのが、エリート的・文字的・広域的な「大伝統(grand tradition)」と民衆的・口承的・地域的な「小伝統(little tradition)」枠組みで文化の構造をとらえようとするアプローチであった。これに対して、ローカルが急速にグローバルへつながりはじめた1980年代以降「伝統とされるもの」の批判として出現してきたのが「創られた伝統」や「真正性」(authenticity)にまつわる議論であった。社会科学的な概念展開と背景をふまえたうえで、レクチャーの最後に受講者の一同へ問題提起を行った。ある文化あるいは伝統へ、それらを保持するヒトビトの外側からの存在の研究者がいかに向き合うべきか――研究者がそれらを記述することが時に「文化」や「伝統」を作り出してしまう――について、分析しつつ対話をつづけるアプローチを示してレクチャーを終えた。

各セッションの第1週目は講師役のゲストのレクチャーに続けて、前野または中村氏がディスカッサント役となってコンビを組み、異なる学問領域を専門とする研究者の間の「ズレ」と「ズレ」から生じる対話を見てもらう構成をとった。今回の第1セッションは講師役の前野とディスカッサント役の中村氏の間で応答を行った。中村氏が専門とする国際政治学において近年問題化されることの多い文化や価値、あるいは「文化触変」(acculturation)といった概念について、異なる学問間の用法をめぐって議論が行われた。これらの議論のうち、とくに文化・価値の部分については翌週の第2週目のディスカッションへ議論が持ち越されることになった。

第2週目は、第1週目のレクチャー・応答を受けて、受講生が追加的に議論を行いたいと考える問題をGoogleフォームで提出してもらった。各受講生からの問題提起を一覧に整理して、それをたたき台にファシリテーターのリードのもとディスカッションが展開された。今回がこの講義のはじめてのディスカッションパートであったため、受講生にも緊張がみられたようであったが、適宜適宜に概念説明のサポートを入れつつ(とくに理系科類所属の受講生もあったため、今後のセッションの土台なる知識共有へ配慮した)、第1週レクチャーへの質疑からはじめて、徐々により広いテーマのディスカッションへ展開していった。ディスカッションでは青木保『異文化理解』(岩波書店、2001年)や橋本毅彦・栗山茂久編『遅刻の誕生』(三元社、2001年)を引いて時間の流れ方・記し方と近代という時代、「よい伝統」と「悪い伝統」の対立の問題、他者との出会いのなかでウチとソト、そして「文化」「伝統」が形作られることなどへの意見が交わされた。

徐々にではあったが、受講生のみなさんが自らの読書の経験やこれまで考えてきたことを派生的に広げてくれるようになり、講師役の2名とゲスト陣にとっても新しく学ばされることが多かった。次回以降、レクチャーとディスカッションを組み合わせたセッションが5回続くこととなるが、受講生、ゲスト、そして講師役2人がどのように成長していくか順次報告をしてゆきたい。

報告:前野清太朗(EAA特任助教)