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2020.06.02

ヨーク大学18世紀研究オンラインセミナー参加報告記

People

“Hannah Greg in the Age of Manufactures: Gender, Politics, and Class”

Tuesday 19 May 2020, 4.30PM

Speaker: Jon Mee (York)

Venue: Centre for Eighteenth Century Studies, University of York (Zoom Online Event)

https://www.york.ac.uk/eighteenth-century-studies/events/all/events-archive/2020/mee/

コロナウィルスという災禍の中、我々の日常生活はさまざまなところで、否応なしに変化していく。大学における研究・教育もその例外ではなく、オンラインでの知的交流の在り方が、日々模索されている。オンライン授業になって、自らの意見をメッセージやテクストを用い、言いやすくなったという声、非リアルタイム配信型の場合、自分のペースでファイルを開いて受講できる、というような学生からの意見も耳にする。ウェブ上では今までになかったタイプの、コミュニケーション空間が成立している。留意すべきは、オンラインの「半身なき」知的交流は、実際に対面し、場を共有した討議や会話とは、別物であるということだ。例えばミーティング参加者が、何となく隣の人と会話を交わす、一つの場が複数の会話の輪になる、というような教室では当たり前の状況が、オンラインでは起こりにくい。対面でしかできないこと、オンラインで代替できること、オンラインの方が優れていることなど、媒体ごとでそれぞれ、交流の在り方を検討する必要がある。私はこれまでポスドク研究において、「会話」(conversation)や「社交性」(sociability)をテーマとしてきたが、それが日々の実際的な問題として立ち上がってきた、という実感がある。

そんなことを考えていた際、自身の学問的故郷(の一つ)であるヨーク大学18世紀研究センターから、オンライン研究会に参加しないかというお誘いを受けた。さまざまな人が言っているように、イギリスの大学における研究会は活気があって、参加するととても楽しい。帰国後は現地のリサーチ・コミュニティと離れてしまうかな、と思っていた。しかしオンライン化によって、かつての面々と話す機会が生まれた。時差の関係で、日本時間で24時半スタートという、かなりハードな状況だったが、討議の内容や熱気は眠気を圧倒するものであった。18世紀研究センターのセミナーは、これまで2週間おきに開催され、外部から発表者を招く形式をとっていた。オンライン化以降は研究所のスタッフがスピーカーとなり、自身のプロジェクトを同僚や院生に紹介する、というフォーマットになっている。今回はジョン・ミー氏(ヨーク大学英文科教授)が提題者となっていた。

ミー氏はウィリアム・ブレイク研究から出発し、宗教的熱狂とその制御に関する歴史・文学・思想的検討から、アダム・スミスをはじめとするスコットランド啓蒙の道徳感情論にも、注意を払っている。ロマン主義研究者としてデビューした後、長い18世紀におけるおしゃべりの文化から、ジョセフ・アディソンやジェイン・オースティン、あるいはウィリアム・ハズリットなどを幅広く論じている。近年ではおしゃべりの文化に対する関心を、啓蒙の「ネットワーク」に関するプロジェクトへと接続させている。18世紀中頃から19世紀初頭にかけて、エジンバラやグラスゴーで教育を受けた医師たち(あるいはエンジニアたち)が、北部イングランドで開業した。この結果、マンチェスターやリヴァプール、ヨークなどの都市で、エジンバラを模して医学協会・文芸クラブが創設された。スコットランドで花開いた会話の文化が、彼らのような実務家たちによって、イギリスの地方へと広がっていく、その知のネットワーク形成と作用が、ミー氏による本プロジェクトでは焦点となっている。

今回のオンラインセミナーでは、上述した最新のプロジェクト「文学・身体・機械:改良のネットワーク 1780年~1840年」の概要が紹介された。その出発点となるのは、女性の文芸協会加入権をめぐる、1790年代前後の論争である。例えばマンチェスター文芸・哲学協会においては、ハナ・グレッグ―彼女の伴侶であるサミュエル・グレッグは繊維工場の経営者であった―が、「心の科学」に対する見解を披露し、協会のメンバーと知的に交歓していた。従来、こうした協会やクラブの加入者は男性に限られていたのだが、女性をメンバーに入れるかどうかで、会員同士の意見が衝突したのである。女性が正式な会員として承認されることは困難であったが、非公式な形で、こうした協会の知的交流に参加していた様子が、アーカイヴ調査から見て取れるそうだ。メンバーシップ論争は、実際的・社会的な問題であったと同時に、人間が自らの心をどう陶冶していくのかを問う、ヒューム以後のスコットランド哲学に関わる、理論的問いでもあった。女性の教育や知的能力が議論されるなかで、ハナ・グレッグは、トマス・リードやドゥガルド・スチュアートの「心の科学」について、熱心にその著作を読みふけっていたという。心をめぐる認識の学は、社会やネットワークをどう構想し運営していくかという、きわめて実際的な次元と接続していたのである。

心の科学と(会話の)世界を結びつけるものとして、18世紀スコットランドの医学者、ウィリアム・カレンの病理学も、オンラインセミナーで紹介された。カレンはエジンバラ大学で教鞭をとっていたため、その弟子たちが、医療の知識とエジンバラの文化を、開業先の土地へと広めていったのである。その舞台の一つが、文芸・哲学協会が設立されたマンチェスターであった。病理学者としてのカレンは、心が外部環境と相互応答し、モノを自らの内に取り込んでいく中で、個々人の特性や人柄が形成されることを論じたそうである。私自身はこの理論について、心とモノをめぐる運動によって、ネットワークが組みあがり、会話の世界と知の循環が発生する様子、これらを描いたものとして理解した。ミー氏はカレンを論じるにあたって、ブルーノ・ラトゥールのアクター・ネットワーク理論やグレアム・ハーマンのオブジェクト論といった、現代の理論や哲学をぶつけていた。またネットワークや環境から、個人の形成を語るカレンの病理論は、隔絶した世界で一人思索するロマン主義的な人間像と衝突するため、文学史の理解にも重要であるそうだ。長い18世紀の世界において、ネットワークをめぐる心の理論と実践は、垂直的な貴族社会の構造と対比され、同時代人たちから称揚される一方、個々人のありようを平板化するものとして、トマス ド・クインシーなどから非難されることもあった。これが私の理解する限り、オンラインセミナーで提示された、まとめの一つであったように思われる。

今回提示されたトピックは、日本で(あるいは日本語で)研究をしている人にとっても、さまざまな形で接続が可能であろう。コロナウィルスの災禍において、ダニエル・デフォー『ペストの記憶』(1722年)の邦訳が、スポットライトを浴びたのは記憶に新しい。18世紀の言語・文化・社会の在り方は、現代で右往左往する我々とさまざまな形で結びつき、考えるヒントとなってくれる。また、スコットランド啓蒙と心の科学に興味があれば、例えば長尾伸一『トマス・リード:実在論・幾何学・ユートピア』(名古屋大学出版会、2004年)のような邦語研究書もある。さらに、松永澄夫責任編集『哲学の歴史6:知識・啓蒙・経験 18世紀』(中央公論新社、2007年)で概要をつかむこともできる。翻って、ハーマンのオブジェクト論など、研究会で参照された現代思想は、日本でも若手研究者を中心に翻訳・検討が進んでいる。一見すれば無関係に見えるものを混ぜ合わせた先に、18世紀研究のフロンティアもあるのだろう。

オンライン研究会に参加した後、東アジア藝文書院内のミーティングでは、こうした18世紀におけるネットワークと会話の世界について、地域を超えた形で検討することが盛り上がった。とりわけ、今回のテーマ(あるいは私自身の研究関心)から、高山大毅『近世日本の「礼楽」と「修辞」』(東京大学出版会、2016年)を読んでみたらどうか、という提案もあった。18世紀の世界において、異なる地域で同じような試みがなされたこと―感情に基づいた道徳論の構想、百科事典編纂、社交の称揚・実践とその理念化―この思想の「共時性」を追求していくことが、まさに私の研究課題である。オンライン研究会そのものも、そしてその知見をEAA内で共有する過程も、とても愉快な試みであった。ヨーク大学18世紀研究センター、東京大学東アジア藝文書院、双方のスタッフのみなさまに感謝申し上げたい。

報告者:若澤佑典(EAA特任研究員)

Yusuke Wakazawa (EAA Project Research Fellow)

 

スクリーンショット①:今回のイベント告知(ヨーク大学18世紀研究センター)

https://www.york.ac.uk/eighteenth-century-studies/events/all/events-archive/2020/mee/

 

 

スクリーンショット②:ミー氏の著作物(オックスフォード大学出版会より)

https://global.oup.com/academic/product/conversable-worlds-9780199591749?cc=jp&lang=en&#

 

 

スクリーンショット③:ミー氏の最新プロジェクトに関するアナウンスメント

(ヨーク大学18世紀研究センターのサイトより)

https://www.york.ac.uk/english/news-events/news/professorjonmeeawardedbritishacademyseniorresearchfellowship/