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2020.01.31

Winter Institute 2020 at NYU-Report 1

1月6日(月)から1月10日(金)にかけて、ニューヨーク大学でWinter Instituteが開催された。第五回目の開催となる本Instituteは、毎年世代や専門を超えた学術交流を行なっている。今回は東京大学、北京大学、オーストラリア国立大学、ニューヨーク大学を中心として様々な学者や大学院生が集まった。東京大学からはEAAより参加者を出し、羽田正氏(EAA院長、東京大学副学長)、中島隆博氏(EAA副院長、東洋文化研究所教授)、武田将明氏(総合文化研究科准教授)、王欽氏(EAA特任講師)、八幡さくら氏(EAA特任助教)、そして建部良平氏(EAAリサーチ・アシスタント)がニューヨークへと渡った。総勢47名の参加者が集まった本Instituteは「Beyond Identity Politics: Global Challenges & Humanistic Responses」という今日的なテーマを掲げ、豊富な視点からの主張や議論が展開された。

長時間のフライトによる若干疲労は引きずりつつも、予定されていた三つの基調講演は強い熱意とともに展開され、初日から密度の濃い議論が繰り広げられた。トップバッターを務めたHent de Vries氏は、自身が主張する「Inexistence」という概念の説明とその射程について述べた。講演中では多くの哲学者が引用され、極めて難解なものであったが、コメンテーターを務めた中島氏やボン大学からの参加者であるMarkus Gabriel氏によって様々な角度から質問が飛んだ。「Inexistence」は宗教の問題と密接に関わっており、中島氏がハーバーマスやロバート・ベラーを引用しながらコメントしたように、一神教を前提とした宗教を素朴に語ることが困難な中、そして様々な形での宗教があり得る現代において、如何に宗教を考える場を確保するかが焦点の一つとなった。また、氏の主張をどのように現実の実践の場において考えていくかという質問も寄せられた。

続く基調講演はオーストラリア国立大学のPaul Pickering氏とShirley Leitch氏による、講演である。2019年3月15日、ニュージーランドのモスクで銃乱射事件が起こった。事件直前に犯人は声明をネット掲示板に投稿し、その後自身の手によって犯行がfacebookでライブ配信された。この事件の問題性はそれが大量殺人事件であること、そしてソーシャルメディアを通して発信されたという二つの要素が重なった点にある。両氏はこのような事件の背景として存在している「Alt-Right(オルタナ右翼)」について言及した。現代社会では、グローバル化に伴って人々の交流の拡大が進む一方で、ソーシャルメディアの発展による閉じた言説空間が形成されている。「Alt-Right(オルタナ右翼)」はそういったソーシャルメディアを通じて拡大したもので、ポピュリズムと結びつきながら現実の政治に大きな影響を与えている。ニュージーランドで起こった悲劇的な事件はこのような状況から影響を受けたもので、その問題性を両氏は強く主張した。しかし講演は決して悲劇的な口調で行われたわけではなかった。とりわけ印象的だったのは、Pickering氏が最後に述べた、それでも人間を信じたいという主張だった。人間は悲劇的な事件を起こす。しかしそれを食い止められるのも人間であり、人間を信じることなくしては何も進まない。両氏の学問と現実に対する熱意を強く感じられる講演であった。

初日の最後に置かれたのは、現在日本でも注目を集めているMarkus Gabriel氏の講演である。氏は、アイデンティティは「Ontological Identity」「Metaphysical Identity」「Personal Identity」「Social Identity」という四種に分類することができ、とりわけ四つ目の「Social Identity」に注目した。議論の前提として意識されていたのは、フランシス・フクヤマやマーサ・ヌスバウムの主張であり、「Social Identity」は極めてローカルなもので、コスモポリタニズムや普遍性とは遠く離れたものであるという議論である。これは所属している社会によってアイデンティティを認識することが、極めて閉じた体系の中に留まってしまい得ることへの問題提起であった。しかしGabriel氏はこのような主張に全面的に賛同しておらず、氏が提唱している新実在論の議論と対応させながら、「social」なものと普遍的なものとのつながりを見出そうとした。議論は多岐にわたり、俄かには理解しがたいものであったが、講演中度々「human」という言葉を使用していた。人間という存在に如何に向き合うか。その語り口から、Gabriel氏が人間存在について正面から立ち向かおうとする姿勢を強く感じることができた。

以上の講演で中心的話題の一つがアイデンティティと社会の関係についてであった。人間は他者と完全に隔絶された存在ではあり得ない。自身の思想や意思によって生きていると考えていたとしても、他者からの影響は免れ得ないものであり、つまりは社会の中で自信を定位せざるを得ない存在である。その社会には宗教的な空間もあれば、ソーシャルメディアという空間もある。そういった様々な要素の中で如何にアイデンティティを形成、あるいは考えていけば良いのか。学者という一種のアイデンティティを持ち、その知性を最大限に働かせながら、如何にこういった問題に対処していけば良いのか。夜に企画されていたレセプションパーティでも、引き続き活発な交流や議論が行われ、多くの参加者にとって示唆に富む1日であった。

報告者:建部良平(EAA RA)