2019年12月1日(日)、東京大学駒場キャンパス18号館ホールにて、EAAフォーラム「舞踏の越境──メテオール《土方巽とその分身》をめぐって」が開催された。本フォーラムは、ブルガリアのアーティスト・コレクティヴ「メテオール」の舞台作品《土方巽とその分身》(Hijikata and his Double, 2019)の紹介を通じて、舞踏の世界的な伝播、およびその背後にある1968年前後の文化状況を問いなおすことを企図したものである。
このほど来日したメテオールの3人は、これまでおもにブルガリア国内で《フランケンシュタイン》(2012)、《マルドロール》(2015)、《ラヴクラフト》(2016)といった実験的なパフォーマンス作品を発表し、高い評価を受けてきた。2017年からは出版事業も始め、哲学や舞台芸術に関する英語、ブルガリア語の理論書を数多く刊行している。
そのメテオールによる《土方巽とその分身》は、2019年9月20日(金)にブルガリアのプロヴディフで初演され、翌10月30日(水)と31日(木)には首都ソフィアで再演された。この90分ほどのパフォーマンス作品は、タイトルにもあるように、日本の舞踏家である土方巽(1928-1986)、および彼と深い関わりのあった三島由紀夫や細江英公をテーマとしたソロ・パフォーマンス作品である。メテオールのこれまでの作品と同じく、本作品もワーク・イン・プログレスの形態をとっており、今回の来日も慶應義塾大学アートセンターの土方巽アーカイヴの調査、関係者へのインタビューなどを目的とするものであった。
本フォーラムは、企画者のひとりである星野太(金沢美術工芸大学)の導入から始まり、ボヤン・マンチェフ(哲学者/ドラマトゥルク)、アニ・ヴァセヴァ(アーティスト/演出)、レオニード・ヨフチェフ(出演)の三者によるレクチャーおよびパフォーマンス、そして彼らと交流のある小林康夫(青山学院大学)、國分功一郎(東京工業大学)を交えたラウンドテーブルがそれに続いた。
とりわけ、メテオールの中心メンバーのひとりであるボヤン・マンチェフは、新ブルガリア大学とベルリン芸術大学で教鞭をとる哲学者でもあり、これまで英語、フランス語、ブルガリア語をはじめとする複数の言語で数多くの著書、論文を発表している(そのうちの数篇は日本語にも翻訳されているほか、来年には主著のひとつである『世界の他化──ラディカルな美学のために(L’altération du monde : Pour une esthétique radicale)』の邦訳刊行が予定されている)。遡ること9年前には、東京大学グローバルCOE「共生のための国際哲学教育研究センター(UTCP)」の招聘により、同じ駒場キャンパス18号館で行なわれた国際シンポジウムにも出席している。今回の《土方巽とその分身》の上演や当フォーラムもまた、これまで日本とブルガリアのあいだで継続されてきた研究交流の成果のひとつである、と言ってよいだろう。
ここ数年、土方巽をモチーフとした作品は、国内外問わず多くの例を見ることができる。たとえば国内では、田辺知美・川口隆夫による《ザ・シック・ダンサー》(2012)を、国外では、今年のKYOTO EXPERIMENTで初上演されたチョイ・カファイの《存在の耐えられない暗黒》(2019)を挙げることができよう。また、「舞踏」そのものの世界的な伝播については言うにおよばず、土方自身のテクストも、The Drama Reviewにおける2000年の特集号をはじめ、他言語への翻訳が進んでいる状況である。今回、「舞踏の越境」というタイトルでこのフォーラムを企画したのは、土方が没してから30年余りが経過した現在、舞踏がどのような仕方で世界を駆けめぐっているのか──という問いを、東ヨーロッパを拠点とするメテオールと、東アジアにいるわれわれとの対話を通じて考えてみたい、という目的あってのことだった。今回、その主旨をご理解いただいた東京大学・東アジア藝文書院(EAA)のみなさんのご協力を得て、このフォーラムを開催することができた。東アジア藝文書院の中島隆博先生をはじめ、この場を借りて、開催にご協力いただいた方々に厚く御礼を申し上げたい。
報告者:星野太(金沢美術工芸大学)