2019年11月15日(金)、「歴史学のなかの「南京事件」」と題した講演会が行われた。講演者は孫江氏である。東京大学・総合文化研究科・地域文化研究専攻を1999年に卒業し、現在は南京大学の学衡研究院に所属している。孫江氏は様々な方面に関心を持って研究しているが、今回の講演では「南京事件」について話された。氏の注目するところは、南京での虐殺行為に関する歴史的な考証ではなく、その語り方に注目するものである。南京大虐殺という「事実」について考えるのではなく、その「事実」が当時や後世において如何に語られてきたか、「南京事件」という呼称も、「事件」は「事実」の表象であるという考えに基づいている。講演の中で氏が一貫して主張していたのは声を聞くことである。南京で命を落とした「死者の声」、生存した「生者の声」、そしてその事件を目撃した「他者の声」。「事実」を主とする歴史叙述では、集団的な記憶や事象の記述に中心が置かれ、当時の人の日記や記録、生存者の証言は全て集団との連関の中で語られる。孫江氏の問題意識は、そういった集団的歴史叙述においてかき消されてしまっている、個人の声に再び耳を傾けようというものだ。
「死者の声」は聞くことはできない。しかし死者が生時に残した日記、生時に関わっていた人々の回想などを手掛かりに、死者に近づくことができる。「生者の声」は解釈が難しい。孫江氏はアリソン事件(日本兵のアメリカ領事に対する暴行事件)の背後には、日本兵婦人暴行があったことに触れる。アリソンが殴られたのはこの婦人暴行に対する抗議を行った際であった。しかし問題なのは、日本の公文書にもアメリカの公文書にもこの暴行を受けた女性の名前が書かれていないことである。個人としてではなく、女性という枠組みに回収されてしまう。しかし、個人名は分からずともこの女性の経験は公文書からも読み取ることができる。孫江氏はそこに注目することで当時を生きた人の声を聞こうとした。「他者の声」、それは当時の南京に身を置いていたが、日本兵による被害を直接受けなかった人などの声である。講演で言及されたのは当時の政治家である陶保晋(1875-1948)である。彼は南京で人々の救護活動をしていたが、日本への留学経験もあったため、南京の占領軍と関係を持ってしまった。戦後彼は「漢奸」として収容されたが、当時彼が残した文章はまだ残っており、その読解から南京大虐殺事件と複雑な絡み方をした人物の声が浮き上がってくる。
孫江氏の研究は様々な声を丁寧に聞き取ろうとするところに最大の特徴である。過去の人々の声を完全に聞き取ることは不可能かもしれない(それは同時代人の全ての声を聞けないのと同じことである)。しかし様々な方法を駆使して歴史における個人に近づいていく。その近さが声を聞き取ることを可能にする。歴史学研究はともすれば非常に冷静に、客観的事実のみを扱う学問であるという印象をもたれるが、孫江氏の研究は個人の声に限りなく接近していこうという点で、非常に熱のこもった研究である。その姿勢に聴講者の多くが刺激を受けただろう。
報告者:EAA RA 建部良平