9月9日(月)は校外「視察」である。確かに目で見る(視)だけでなく、五感全部を働かせて中国の現在を感じて知る(察)ことは今回の重要な目的でもあると思われる。午前中にはEAAプロジェクトの教授会合があり、学生たちは頤和園を訪ねた。頤和園はサマー・パレスと呼ばれ、北京大学の敷地の一部である暢春園と同じく、清朝皇室の避暑地である。グループに分かれて万寿山に登ったり、昆明湖で舟遊びをしたりして、皆で初秋の頤和園を満喫した。
午後は北京大側の厚意で、八達嶺長城に招待された。長城は北の遊牧民族から中原政権を防衛するために作られたものだったが、近代以来「中華民族の精神力のシンボル」とされ、人気高い観光地でもある。人気の理由は毛沢東「長城に到らずんば好い漢に非ず」の影響が大きいだろう。共産党の軍事武装・紅軍が長征途中、貴州山間部で転々とした時詠ったこの一句は、革命成功・政権奪取という志を絶対に貫こうとする強い精神を表しているが、今は観光用キャッチフレーズとなり、これを書かれた詩碑が登山ルートでよく見られる。こうした観光地の様子を見て歴史の不思議さを感じた。
最後に今回の北京研修の打ち上げとして、夕食は北京名物の羊しゃぶしゃぶ(涮羊肉)を食べながら、各自感想と今後の抱負を語り合った。
日本に来てからはじめて北京に行き、自分なりにはある意味で「北京」、そして「中国」を相対化することを心得ていると考えていたが、今回のプログラムのなかでも強い刺激を受ける機会があった。それは今回の授業と討論は全部英語で行われたということの意味についてである。参加したメンバーには中国語と日本語の両方ができる人も多くいる(北京大学日本語学科の学部生の語学力に対しても感服した)が、わざわざ英語を使うのはなぜか。自分の関心をむりやりに押し付けるかもしれないが、例えばディスカッションで多く扱われた中江兆民『三酔人経綸問答』に登場する「豪傑」という人物の名前は「champion」や「hero」などと、漠然として訳されたのである。しかしどういう訳語が適当か、あるいは自分の手に持つ訳本がなぜこの訳語を選んだのかは問題になっていなかった。訳語を選択することは、漢字で書かれたものを再考察・再理解することである。それゆえ、訳語の選択や考察を通じて中江兆民に対する理解、彼が直面していた時代的状況と思想の闘いに対する理解を深めることもできるだろう。「東アジア」という広域で日本や中国、韓国などの個々の言語や文化を相対化するのは欠かせないが、同時に「東アジア」自体を相対化する必要もあるだろう。
また、三日間の短い日程で、東京大学と北京大学の学生の間で強い絆を生じたことにもすごく感心した。Wechatやメールアドレスの交換はもちろん、まったく臨時で決められた頤和園「視察」に一緒にいく人もいて、私も北京大側のTAたちといろいろ話して楽しんだ。このように個々人の絆でお互いの理解が可能になるのだから、これからも続けていきたいと思う。その意味で、日中の間で学生同士の繋がりを作るのは、私たちの絶対に貫徹しないといけない「永久革命」であろう。
9月10日には充実した時間を過ごした北京を後にして、2020年2月東京で開かれる予定の集中講義で再会することを楽しみにしながら、帰国の途につき、2019年9月の北京大学集中講義・研修は全日程を無事終了した。
報告者:胡藤(EAAリサーチアシスタント)